東京大学客員教授 松本真由美氏
カーボンニュートラルに向けて変わる社会。今注目されるエネルギー事業とは

再生可能エネルギーを効率的に電気に変換したり、それを蓄電する技術は、現在世界各国が競って開発しています。さらに、そうして生まれた電力を供給・調整するビジネスも、今後は拡大していくでしょう。

今回は、脱炭素社会へ向けて今行われている取り組みについて、東京大学の松本真由美先生にお話を伺いました。

新しいエネルギーが社会に実装されてゆく時、ビジネスチャンスの点から見てもそこには大きな可能性があるのではないでしょうか。

インタビューにご協力頂いた方

東京大学 教養学部附属教養教育高度化機構 客員准教授
松本 真由美(まつもと まゆみ)

上智大学外国語学部卒業。大学在学中からTV朝日の報道番組で取材活動を行い、その後、NHK BS1でワールドニュースキャスターを6年間務めた。環境NPO活動をきっかけに、2008年5月より研究員として東京大学での環境・エネルギー分野の人材育成プロジェクトに携わり、2013年4月より現職。現在は教養学部での学生への教育活動の一方、講演、シンポジウム、執筆などの活動を行う。総合資源エネルギー調査会「再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会」等、政府の審議会等の委員も務める。

専門は、環境・エネルギー政策論、科学コミュニケーション。研究テーマは、「エネルギーと地域社会との共存」、「環境・エネルギー政策の国際比較」「企業の環境経営動向」等、環境とエネルギーの視点から持続可能な社会のあり方を追求する。

将来の大災害を避けるために、カーボンニュートラルを推進する必要がある

まず最初は、今進められているカーボンニュートラルについてお話ししたいと思います。カーボンニュートラルとは、人類が様々な活動で排出する温室効果ガスを、森林整備や林業などによって吸収および除去し、排出量との合計を「実質ゼロ」にすることを指します。人間が大気中に排出した二酸化炭素は、およそ半分が陸上の生態系や海洋に吸収されますが、残り半分を吸収するには植林などを行う必要があります。これに加えて、地球温暖化の大きな要因となっている二酸化炭素の排出量を実質的にゼロにすることもカーボンニュートラルに含まれます。

大気中の温室効果ガスの増加により地球温暖化は進んでおり、IPCC(国連の気候変動に関する政府間パネル)による予想では、1995年〜2014年の世界の平均海面水位を基準として、2100年の海面水位は、気温上昇が最も低い場合でも28〜55cmの上昇、高い場合は63cm〜1.01mもの上昇としています。また2011~2020年の世界の平均気温は、1850~1900年の気温より1.1度上昇したと発表されています。

地球温暖化が進むと、以下のような問題が起きることが懸念されています。

  • 気温が上昇することによって大気中の水蒸気量が増え、大雨やそれに伴う災害が増える
  • 海面水位の上昇や、熱波、干ばつなどの異常気象や災害の頻度と規模が拡大する

こうした問題は、先進国より途上国の方が大きな被害を受けやすい状況にあります。もし今何も対策を取らなければ、今世紀末の世界の平均気温は最大約4度上昇すると予想されており、そうなれば大災害が頻発する未来は避けられません。

カーボンニュートラルへの取り組みとして、COP26が終了した2021年11月時点で、日本・EU・米国をはじめとした世界の154ヵ国と1地域が2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすることを目標とし、中国も2060年までに二酸化炭素の排出量を実質ゼロにすることを目標にしています。

日本における具体的な施策としては、省エネルギー活用の徹底と、温室効果ガス排出の原因となるエネルギー使用量の削減です。その際に重視されているのが、効率の良い省エネ機器の使用などの、エネルギー転換投資です。そこには以下のようなものが含まれます。

  • 太陽光・風力などの再生可能エネルギー
  • 電気自動車などの交通・輸送の電化
  • 熱の電化
  • 水素エネルギー
  • CCS(Carbon dioxide Capture and Storage):二酸化炭素の回収・貯蔵

こうした取り組みについては、次の項目で詳しくお話ししていきたいと思います。

温室効果ガスは、工業や産業分野からだけではなく、個人の家庭からも排出されるため、排出そのものをなくすことはできません。そこで必要とされるのが様々な除去・回収技術です。「DACCS」と呼ばれる大気中から二酸化炭素を直接回収し貯蔵する技術や、「BECCS」と呼ばれるバイオマスエネルギーを使用し燃焼した際に発生する二酸化炭素を回収し貯蔵する技術があります。こうした脱炭素関連技術を組み合わせながら、排出量と吸収・除去量を等しくし、全体としてゼロを目指すのが、今行われているカーボンニュートラルです。

太陽光発電で今注目されている「ペロブスカイト太陽電池」とは?

主要な再生可能エネルギーの一つに、太陽光発電が挙げられます。もともと太陽電池は日本が世界に誇る技術ですが、IEAのレポートによると2022年8月の段階で世界でのシェアの8割以上を中国企業が占めています。日本においても太陽光パネルの8割は、日系企業や中国企業など海外生産となっており、国内生産は減少しています。ただ、国内で使われる住宅用太陽光パネルの7割は、現在も日系メーカーのものとされています。

太陽光発電では、野立ての太陽光パネルを思い浮かべる人も多いと思いますが、地域住民からの反対や、全国自治体約1割が再エネ条例によって規制しているため、今後は大規模な野立ての太陽光発電の展開は難しくなることが予想されます。

それに変わって推進されているのが、屋根の上に設置するタイプの太陽光パネルです。政府はこうしたタイプの太陽光パネルに補助金を出しており、さらに「グリーンイノベーション基金」として、「ペロブスカイト太陽電池」という次世代型の太陽電池の開発も進めています。

ペロブスカイト太陽電池には以下のような特徴があります。

  • フィルム型やガラス型など、いくつかのタイプがあること
  • 軽量で自由に曲げられること
  • これまでは太陽光パネルが設置できなかった、小屋の屋根や壁面などにも設置可能であること
  • 塗布技術で曲面にも設置できること
  • 製造コストが安く大量生産が可能であること

現在使用されている太陽光パネルは、2030年中盤以降に大量に廃棄される問題が懸念されていますが、ペロブスカイト太陽電池ではそうした問題も解決可能です。しかしまだ、モジュールサイズの大面積化や変換効率、耐久性に課題があり実用化はされていません。現在は世界で開発競争が行われている状況です。

日本では大規模な洋上風力発電が計画されている

もう一つの重要な再生可能エネルギーである風力発電ですが、世界を見れば、陸上では中国が、洋上では欧州が中心となって進んでいます。全体的には陸上風力発電の方が多いですが、土地の問題や、障害物がなく大型風車が設置でき発電効率が高いことなどから、洋上風力発電も発達してきています。欧州の場合、制度の面では「セントラル方式」が採られています。これは、政府が区域の分割、気象・海象の調査、漁業・環境団体への調整を行った後で、発電事業者が公募される方式です。欧州で洋上風力発電が進んだ理由には、風車を設置しやすい地理的な要因だけではなく、こうした制度面でのサポートもあったでしょう。

日本でも洋上風力発電の大規模な開発が計画されています。日本の風力発電による発電量の割合は、2020年度は0.9%でしたが、2030年度には5%まで上げることが目標とされています。

日本の沿岸は、水深50〜200mの大陸棚に囲まれ、急に水深が深くなる地理的な特徴があります。政府は、2023年1月の時点で8区域を促進地域として定めており、主に着床式の洋上風力発電となっていますが、浮体式の洋上風力発電も長崎県五島市沖で計画が進められています。

洋上風力発電は、発電時に二酸化炭素を排出しないだけではなく、地域経済への良い影響も期待できます。洋上風力発電では、風車をはじめとした設備に数万点の部品が使われており、地域の産業を活性化し雇用を生み出すという、高い経済効果も見込まれます。欧州の例ですが、事業規模が数千億円にものぼる場合もあります。部品の国内調達比率について、2040年までに60%が目標となっており、補助金や税制面での支援も政府は行う計画です。また、発電量の面で政府は、年間100万kWを10年間継続し、2030年までに1,000万kW、浮体式も含み2040年までには3,000万kW~4,500万kWの事業とすることを目標としています。

現在、再エネ海域利用法によって指定されている洋上風力発電の促進区域は8区域ですが、様々な日本企業が事業に乗り出しています。エネルギー事業に経験のない企業は、専門的な強みのある各企業と連携して共同企業体を形成しています。例えば事業者である三菱商事は、オランダ総合エネルギー事業会社であるエネコ(Eneco)を買収し、同社が欧州で培った技術や知見を生かし、秋田県の由利本荘市と、能代市沖・三種町・男鹿市沖などの日本の海域で、洋上風力発電を開発していく計画です。また東京電力リニューアブルパワーも、イギリスの浮体式洋上風車の事業者を買収しており、洋上風力発電の国内外での展開を計画しています。

しかしこうした取り組みは、地域住民の方たちの理解なしに進めることはできない、ということに留意してほしいと思います。再生可能エネルギーの固定価格買取制度が始まった2012年7月当時は厳しいルールがなかったため、住民との十分な合意が形成されないまま太陽光パネルが設置されるなどして地域トラブルが多発しました。現在は太陽光パネルが設置できるのは、政府の規制による厳しい立地条件を満たした場所に限られています。しかし再生エネルギーの発電施設に対するガイドラインができた現在においても、反対意見は出てくるものなので、事業を始める場合は地域に受け入れてもらうための努力が必要不可欠です。例えば、先ほどの秋田県の洋上風力発電では、漁業者をはじめとした地域住民への還元施策を用意し理解を得ています。洋上風力発電を、日本のカーボンニュートラルの切り札としてだけではなく産業としても発展させるためには、この事業が地域の産業や経済の活性化にも貢献することを十分に説明し、共生しながらwin-winの関係を築くビジョンを示す必要があるでしょう。

電気自動車や蓄電池など、「エネルギーの転換」に対しても投資が加速している

ここまで、投資・開発が進められている太陽光や風力といった再生可能エネルギーについて見てきましたが、ここからは、カーボンニュートラルに向けた投資として現在加速している、電気自動車(EV)や蓄電池について見ていきたいと思います。

こうした、交通や輸送の電化が注目されている理由には、世界でEVを推進するような施策が実施されていたり、またEV市場が活性化していることが大きな理由として考えられます。

  • EUでは、2017年10月に競争力のある蓄電池産業に対して補助金を出すEBA(欧州バッテリーアライアンス)が設立された。
  • アメリカでは、2021年8月に新しく販売される乗用車や小型トラックの半数以上を2030年までにEV・FCVとする大統領令を発令。2021年11月には、2030年までに全米での充電施設拡充を進めるインフラ投資法案が下院で可決。さらに2022年8月には、カーボンニュートラルやエネルギー安全保障対策として10年間で50兆円相当を拠出する「インフレ削減法」が成立。
  • 中国では、新車販売台数が回復し、EV車の割合も増加(2021年のEV/PHV/FCV車の出荷台数は352万1000台と前年比の2.5倍)。
  • 日本でも、2022年8月には、蓄電池産業の強化を目的とした「蓄電池産業戦略」を策定。中韓がシェアを拡大する中、日本では衰退傾向にある車載・定置用蓄電池産業の巻き返しを図る。

EVや蓄電池は目下、世界各国の重要な関心事であり、投資対象となっていることがわかります。

EVと同じく関心を集める水素自動車ですが、こちらの方は水素ステーションの建設費などの問題が大きく、EVに対して遅れをとっています。一般的なガソリンスタンドの建設費は7〜8千万円といわれますが、水素ステーションの場合は5〜6億円といわれており、各地域で整備していくためには課題が残されています。

しかし水素は、使用してもCO2を排出しない脱炭素のための新しいエネルギーとして注目されています。欧米では技術開発が進められており、例えばEUの「2050年までの欧州水素ロードマップ」では、2050年までにEU加盟国の総エネルギー需要量の8%、最大で24%までを水素でまかなうという目標を立てています。アメリカでも研究開発(グリーン水素ハブ、グリーン水素電解、水素製造とリサイクルなど)に総額95億ドルもの投資をすることを発表しており、水素に対する期待の高さが伺えます。

今注目される、アグリゲーションビジネスとマイクログリッドとは

海外に比べ日本においては未発達であり、したがってビジネスチャンスと捉えられるものには「アグリゲーションビジネス」と「マイクログリッド」があります。

まず、アグリゲーションビジネスについて見ていきたいと思いますが、これはIoT技術を活用したエネルギーマネジメントによるビジネスモデルで、再生可能エネルギーや蓄電池といった小規模な分散電源を束ね、制御するサービスを提供することを目的としています。

アグリゲーターは、電力会社と需要家(例えば工場など)とを仲介し、エネルギーの需給調整を行う存在です。具体的には、太陽光発電などで発電して余った電力を、デマンドレスポンス(DR)によって需要家の電力消費を制御したり、反対に電力が足りない需要家へ供給したり売却します。

最近では、PPA(電力販売契約)という電力ビジネスモデルが広く認識されてきています。発電事業者や小売事業者がアグリゲーターを兼任し、電力需給の予測や調整を行うことも可能ですが、再生可能エネルギーはFIT(固定価格買取)制度にとらわれないため、こうした新しいエネルギーが一般に使われるようになれば、そのための変動電源の調整が不可欠になります。したがって、社会の中でアグリゲーターはますます必要とされてくるでしょう。

こうしたアグリゲーションビジネスは欧州では10年ほど前から普及しており、現在も規模は拡大しています。日本においては、2022年4月に特定卸供給制度(アグリゲーターライセンス制度)が設立され、同月に株式会社エナリスがアグリゲーター事業者の第1号として、再生可能エネルギーのアグリゲーションサービスを行なっています。

将来的には、FIP制度の対象になる企業や家庭での太陽光発電、EV、蓄電池、エネファームといった様々な分散型電源に対し、制御サービスを行うアグリゲーションビジネスの展望があり、こうしたアグリゲーターがさらに増えることが期待されます。

続いて、もう一つのビジネスチャンスとされるマイクログリッドについて見ていきましょう。マイクログリッド(小規模電力網)とは、その地域で必要とされる電力を、太陽光や風力などの再生可能エネルギーや、ディーゼル発電機や蓄電池などの「分散型電源」と呼ばれる小規模電源を組み合わせて供給する、いわばエネルギーの「地産地消」です。停電などが起きた際も、域内でのエネルギーの自給自足が可能です。日本ではマイクログリッドの構築は遅れていますが、令和2年度より「地域マイクログリッド構築事業」の公募が、年度ごとに行われています。このように、エネルギー関連事業に関心のある企業家に向けても、門戸は開かれている状況です。

カーボンニュートラルへの取り組みは、2050年の目標に向けて現在加速している段階であり、ビジネスチャンスの観点でも大きな魅力が眠っています。これを機会に、一人一人が脱炭素社会の実現に向けて関心を持っていただけたら幸いです。

取材・執筆:World Academic Journal  編集部