東京大学 西成活裕 教授
「頭が良い」人は思考習慣で成功を呼び寄せている

「頭が良い」と感じる人が周りにいても、なぜ物事をうまくこなすのか、考えたことはあるでしょうか。

頭の良さは持って生まれたもののように考えがちですが、実は意識して鍛えることで後天的に身につけることが可能です。その鍵は学校教育などで学ぶ勉強ではなく、思考習慣にあるのです。

そこで今回は、東京大学の西成教授に「頭が良い」人の思考の仕組みについてお話を伺いました。

インタビューにご協力頂いた方

東京大学 先端科学技術研究センター 教授
西成 活裕(にしなり かつひろ)

1995年 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、博士(工学)の学位を取得。その後、山形大、龍谷大などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター教授。専門は数理物理学で、様々な渋滞を分野横断的に研究する「渋滞学」を提唱。車や人、そしてモノの流れなどに生じる渋滞現象を数理科学で明らかにし、それらをいかに緩和するかを研究している。雑踏警備や群集マネジメントに関するJST未来社会創造事業を率いており、高速道路での渋滞吸収走行の提案や、先端物流科学に関する寄附講座を開設している。

著書「渋滞学」(新潮選書)は講談社科学出版賞などを受賞。文部科学省「科学技術への顕著な貢献 2013」に選出、2021年 イグ・ノーベル賞受賞。

ひとかどの人物は「先を考える」思考習慣を身につけている

「頭が良い」といわれる人は、思考習慣を身につけています。私が思考習慣について考えるようになったのは学生の頃で、きっかけとなったのは東大入学時の出来事でした。東大という場所には日本全国から優秀な学生が集まっていますが、そんな中でも「この人は何か違う」と感じるような傑物が上位10%ほどいるのです。1クラスおよそ50人いても、入学後しばらく経つと圧倒的な学習能力の差が明確になってきます。私自身、地元ではトップで東大に入ったはずだったのですが、入学してみるとなぜこんなにも差が出るのか、と非常に悩んだものです。

そこである時、上位10%の人たちの行動を私なりに分析してみたところ、気づいたことが日常のあらゆる場面で「先を考えている」ということでした。何かをやる時、「次はこうして、その次はこうする」と常に先を考えているのです。ほかにも、いろいろな物事について事象分けしながらノートにたくさんメモしていたり、友人のN君は学生ながら自分の部屋に80歳までこう生きる、という年表をずらっと貼っていました。それを見て、私は心底驚くとともに、「頭の良い人はとことん先まで考えている」のだと痛感しました。同時に、「自分は今この時しか見ていない」と感じ、非常に恥ずかしくなりました。

N君のように、頭の良い友人たちはそれまで私が「ここまで考えれば良い」と無意識に決めつけていた枠を軽々と超えて、常に先を見ているのです。同じ東大に受かった人間でも、上位10%に位置するような人間は頭の整理の仕方が全く違うのだ、という大学1年の時の衝撃から、私は「頭の良い」人たちの思考の分析を行いました。それにより、彼らの「先を考える」「物事の場合分けをする」をはじめとした7つの考える力を「思考体力」とし、それらを使って考え続ける習慣を「思考習慣」としたのです。思考習慣は今、頭が良い人だけに限った能力ではなく、後天的に身につけることが可能です。私自身も彼らと同じように思考体力を鍛えるため努力したら、思考習慣を身につけることができました。

思考習慣を身につけた成果として、数理物理学の世界で「渋滞学」や「無駄学」といった新たな学問の立ち上げに成功しましたし、42歳で東大の教授になれたこともそうです。仕事を通じて出会った一流の領域にいる方々も、やはり皆さん思考習慣を身につけていらっしゃるので、思考習慣の有無こそが成功者となれるか否かの差となるのではないでしょうか。

「思考体力」を鍛えることで成功への道筋が見えてくる

先ほどお話しした「思考体力」というのは、誰もが持っている基本的な7つの考える力を指します。

  • 自己駆動力
    自分で考えて動き出す力。車に例えるとエンジン。
  • 大局力
    目標に向かっている中で、自分のいる場所が今どこなのか、鳥の眼のようにズームアウトして全体を俯瞰する力。例えると地図。
  • 微分思考力
    全体を見る「大局力」とは逆に、物事に対して何がどうなっているのかを細分化して考える力。問題を分解し、各構成要素を論理的に確認すること。
  • 多段思考力
    自分で考えた目標に向かうため、微分思考力で分けた階段を粘り強く上り続ける力。諸々問題にぶつかった時でもその都度あきらめずに考え続ける力。車の運転に例えると、アクセルを踏み続ける力。
  • ジャンプ力
    目標に向かっている途中に起きた問題に対し、思考を何段も飛ばして全く違う角度から解決方法を見出すことができる力。例えば普段なら車で移動するところを、電車やバスなど交通手段自体を変えてしまうような発想転換ができるようなこと。
  • 疑い力
    自分が進んでいる方向が間違っていないか確かめたり、目標に向かってやってきたことを振り返って正誤を確認し精度を上げるために必要な力。車の運転に例えれば、ブレーキのようなもの。
  • 場合分け力
    目標に向かっていく際に、分岐点で選択肢を分類し整理する力。

「自己駆動力」とは、簡単にいえば時間を忘れるくらい好きなことに夢中になっている時の力です。環境問題を解決したい、困っている人を助けたいといった、ある意味で周りの目を気にした格好つけた動機ではなく、心の底からやりたいと思えるものは誰しもひとつはあるものです。そういう思いや目標は必ず伸びますし、自己駆動力の絶対的な源泉になります。

そして、自己駆動力をエネルギーとしてどこへ向かって進むかを決めるのが「大局力」です。

せっかくエネルギーがあっても、明後日の方向へ向けていてはなかなか結果にはつながりません。自分がどこにベクトルを向けて、何をすべきかを、常に地図として頭の中で思い描いておくことは非常に重要なことです。「頭の中に目標に至るまでの地図があるかどうか」で、成功を掴み取れるか否かは大きく左右されるでしょう。

器用貧乏という言葉に象徴されますが、東大生であっても卒業すると大した成果を残せなかった、失敗したと感じている人はそれなりにいます。

彼らが社会に出てからうまくいかなくなってしまうのは、学生時代までは得点が評価基準となっていたのが、社会に出ると何かひとつの物事に絞って取り組まなければならなくなるためです。自分で方向性を絞った地図を作れない、すなわち大局力を鍛えていない傾向にあるのです。人生設計も同様で、自分自身の人生をマネジメントしようとなった時に大局力がないと、「今やるべきこと」がわかりません。ですが大局力があれば、「今はこれをやっている場合じゃない」ということがわかるわけです。

まずは自己駆動力で作り出したエネルギーでエンジンをかけ、大局力によって描いた地図を見て走り出すことが大切です。逆にどちらかが揃わないままでは、たとえ成功したとしても運任せの一時的なものに過ぎません。自己駆動力と大局力を、両輪として備えておくことこそ安定した成功の秘訣といえるでしょう。

自己駆動力と大局力以外の思考体力については、人によって、あるいは状況によって求められる力が異なります。自己駆動力と大局力があった上で「どうやって進むか」を考えるなら「微分思考力」、疲れずに登りきる力があるかどうかなら「多段思考力」があります。特定の段階に達するために複数の道筋があるなら「場合分け力」を使って、直面している問題の分類・整理をした上で進んでいくのです。

時には、いくら場合分けをしてみても八方塞がりで進めない、ということもあります。そこで大切なのが「ジャンプ力」で、思考を止めずにいったん常識から離れた考え方も模索してみることです。「まだ行っていないところへ飛んでみよう」「ここでジャンプをすれば、もしかしたら上に掴まれるところがあるかもしれない」そうやって思考を飛躍させると、行き詰まった時に自分の力で切り拓いていけるようになります。私はよく学生たちに、「自分の分野で困ったことがあったら全く違う分野を見てみなさい」と教えています。違う分野であっても似通った問題はあるもので、そちらではすでに解決されていることも珍しくありません。そのため、異なる分野から解決方法を輸入すれば良いのです。

私はこれをアナロジー(ある事柄をもとに他の事柄をおしはかって考えること)と呼んでいて、車の渋滞の研究で行き詰まった時に思いがけず活用したことがあります。なかなか問題解決ができずに悩んでいた時にふと足元の蟻を見たら、蟻は道が混んできても前後を間を詰めず、一定の間隔を保ったままで移動していることに気づいたのです。これは「渋滞吸収走行」というもので、渋滞しても前の車との距離を詰めずに一定の車間を保つことで渋滞が解消されることを、蟻は誰から教わるでもなく実践していました。車の研究と蟻の研究が関連付けられたことは当然、歴史上一度もありませんでしたが、そうやって誰も発想すらしなかったことから解決の糸口が見つかることがあります。

さらに、「疑い力」を駆使して一度立ち止まり、今進んでいる方向で合っているのか、やり方は間違っていないか、正しく取捨選択できているか、などを確認することで、問題解決はよりスムーズになるでしょう。

「好きなこと」を明確にすることが自己駆動力をつける第一歩

もし、自己駆動力の源泉となる「やりたいこと」が見つからない場合は、「何が好き?」と自問自答してみてください。自分が好きなものでなければ絶対に長続きはしませんし、何より楽しむことができません。逆にいえば、「やっていて時間を忘れるくらい好きなものは?」と考えてみることが第一歩なのです。20個くらい候補をリストアップしたら、大局力を使って社会問題で何か役に立てることはないか、総合的に考えていきます。例えば環境問題であったり、格差社会、SDGs関連の事柄など、解決すべき問題は山ほどあります。次に「微分思考力」「多段思考力」「場合分け力」などを使って、20個挙げた「自分の好きなこと」と、先ほどの社会問題とをノートの左右に分けて書き出し、線でつなげていくのです。そうすると、自分は何をすべきかがはっきりと浮かび上がってきます。やりたいことと、社会の役に立つことをつなげて考えられるので、強力な自己駆動力になるわけです。

それでも何も見つからない、という場合はとにかく何でもやってみる、経験することから始めてみてください。人間はいろいろと経験する中で、何かしら面白いと感じることが出てくるものです。経験といっても特別なものに限らず、近所の町で開催されるイベントのチラシを見たらとりあえず行ってみる、くらいで構いません。手っ取り早く経験を増やしたい時の私のおすすめは、大型書店に足を運んでみることです。私は月に一度くらい大型書店に通っているのですが、書店の最上階から1階まで、フロアを回りながらランダムに目に留まった本を手に取って読んでみます。すると、全く異なる分野の多種多様な思考に触れることができ、たくさんの刺激を受けられるのです。書店は知識の宝庫ですから、半日かけて全てのフロアを見るだけでも様々な経験や気づきが得られるでしょう。こうして自分自身を刺激していけば、やりたいことも見つけやすくなるはずです。

若いうちは何でもできる反面、器用貧乏に陥りがちです。だからこそ、自分自身で「これだ」と決めて早めに何かに取り組み始めた人は、非常に長い時間を費やしているので、その分野でとても大きな力を持つようになります。幼い頃から興味があることは大人になってからも頭の中に残るものですし、小さい頃から10年間、何かを続けてきた人に周りが追いつこうとしてもそうそう勝てません。どんなものであっても、早い時期に決めて10年くらいは続ける覚悟で取り組むことが確固たる成果を出すポイントなのです。

バックキャストとフォアキャストは両方を兼ね備えることが大切

次のステップとして、やりたいことが見つかった後に継続する段階でつまづいてしまう場合は、「バックキャスト」という考え方を試してみてください。バックキャストは物事を逆算して考えることで、人生の目標を立てて、達成するには何をすべきかを考える際に大きな力になります。思考には「フォアキャスト」と「バックキャスト」の2種類の考え方があり、皆さんはどちらかというとフォアキャストの方が馴染みがあるかもしれません。

例えば、将来像を思い描く時に「5年後にはこうなっている」「10年後にはこうなっている」と考えるのはフォアキャストです。しかしバックキャストは将来像を決めた上で、そのゴールから逆算して必要なことをピックアップしていきます。「5年後にこうなっているには、その3年前にはこれができていなければいけない」「10年後にこうなっているには、5年前にはこれを達成しておくべきだ」というように、ゴールからさかのぼって考えるわけです。もっと身近な仕事の例でいうなら、「1週間後にこの書類を仕上げなければいけないから、その2日前までにはこの仕事を終わらせておかないと間に合わない」といった考え方で、多段思考力を使う時には非常に重要になります。

目標を決めて達成するというのは、言うなればトンネルを掘る時と同じなのです。トンネルが両側から掘らないと開通できないように、フォアキャストとバックキャストも両方できなければ目標の達成には至れません。しかし、人間はどうしてもフォアキャストだけを行って満足してしまう傾向にあるため、ゴールまでなかなか到達できません。目標達成のためには、フォアキャストと合わせてバックキャストの考え方を習慣化することが大切です。

「白か黒か」では議論の中で生まれたはずの選択肢を見逃してしまう

思考習慣を鍛えれば、ほかにも様々な場面で応用が効くので、実例を挙げながら説明していきましょう。例えば、情報社会となっている現代では数えきれないほどの情報が溢れていますが、「疑い力」を使うことで正しい情報を選び取りやすくなります。最近では記事は書籍、新聞のコラムなどでも、内容の信憑性についてエビデンス(根拠・証拠・裏付け)があるかどうかが重視されます。私自身、それらの執筆を行う時には「この発言のエビデンスは何ですか」と必ずチェックされ、該当箇所についての論文や統計を示して初めて納得してもらえるのです。

ただ、時には発言に大きな影響力を持っている権威ある人物が、エビデンスなしの経験のみで語ってしまったことも、事実であるかのように伝播していくことがあります。「あの先生が言っていることだから、きっと正しいはずだ」と誤った情報が拡散してしまうのです。そのため、「疑い力」によってエビデンスがあるかどうかを常に確認するという意識を持つことは、情報社会を生きる上で重要なことです。

また、物事の正否を客観的に判断する時にも「疑い力」は効果的です。物事の正否を下す際には、その事象に対するメリット・デメリットや、賛成意見・反対意見など様々な要素(プロコン)を集計しなければいけません。それらのデータを表にまとめて、全体像を掴んだ上で議論を交わすのです。例えば、東日本大震災が起こった後には「防潮堤を作るべきではないか」といった議論が起こったのですが、東日本大震災の津波を防ぐほどの防潮堤となれば15~20mほどの高さになってしまいます。命を守るためには作るべきという意見がある一方で、防潮堤によって景観が損なわれるという意見もあり、双方が対立しました。ただ、ここで「作る」「作らない」という二択に絞らなくても、少し考え方を変えるだけで異なる選択肢が見えてくることは珍しくありません。

このエピソードのすごいところは、建築事務所から「高台に新しい町を作り、その下から海際の下降辺りまでに防砂林や防風林などを植林して、その更に下にテトラポットをたくさん置いておく」という案が出たところです。私自身、「こんな選択肢もあるのか」と非常に感動したのですが、このように「場合分け力」があれば多様な選択肢を見つけることができます。

物事の議論を行う時には、考えられる全ての選択肢が出尽くしているかを確認する必要があります。コンサル業界ではミーシー(MECE:Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive)と呼ばれますが、「全てをダブりなく、漏れなく洗い出せているか」をチェックしなければいけないのです。しかし、世の中で行われている大半の議論ではミーシーができていません。先ほどの防潮堤の例のように、限られた情報だけで白か黒かを決める議論をしてしまい、さらに良い選択肢を見逃して、間違った方向へ進んでしまうのです。それだけでなく、議論の参加者の中には自分や組織にとって不都合になる選択肢をあえて出さない人もいますから、自分自身の場合分け力を鍛え、多様な選択肢の洗い出しをできるようになることが大切です。

思考習慣を駆使すれば人間関係の悩みを解消しやすくなる

最後に、誰しも悩みを抱えがちな人間関係について考える時の思考習慣をお伝えします。

大前提として、人間関係には合う合わないがあり、すれ違いがあった時には溝を埋める努力をするか、もはや近づこうとしないで諦めた方が良いケースもあります。お互い大人の付き合いですから、全員と大親友になる必要はありません。そのため、ある一定の距離を保った「疑いながら信じる」というスタンスを持ちましょう。

思考体力の中で用いるのは、主に「疑い力」や「大局力」ですが、もっと具体的な行動としてはバスケット理論が当てはまります。バスケット理論では、目の前に架空のバスケットを置いて関連する情報を全部投げ入れていきます。馬の合わない相手と話しているなら、相手の言ったことをはね除けたり、すぐに反論したりせず、ひとまず全ての意見をバスケットに入れてしまうのです。相手としては「自分の意見をきちんと受け止めてくれている」と感じるので、関係性が必要以上にこじれなくなります。自分としては後からバスケットの中を吟味して、良いと思うものだけをピックアップすれば良いので、相手の意見をひとつずつ拾って判断するよりも冷静に情報を見ることができます。「疑い力」を持って相手の意見を見ることは大切ですが、「これは駄目だな」「この意見は使える」「その理論はおかしい」と細かく考え過ぎると、人間関係では損をすることが増えてしまうのではないかと思います。

まずは、今自分自身の頭の中にバスケットがひとつあるかどうかを確かめてみてください。

もうひとつ、人間関係を改善したい時におすすめなのがロールプレイング議論です。議論が白熱するとお互いに相手を攻撃して収拾がつかなくなりがちですが、そこで一度、相手の立場になって自分を攻撃してみるのです。実例を挙げると、ある企業で事業案について議論していて賛成と反対で真っ二つに割れてしまった時に、私がコンサルとして呼ばれたことがあります。そこで私は、賛成派と反対派に分かれてもらって、「では今から逆の立場で相手をやり込めてください」と言ったのです。「逆の立場になってエビデンスを集め、徹底的に相手をやっつける」ことをやってもらったら、それまで頑なに賛成・反対の意見を変えなかったのに、相手側の気持ちが理解できたという人がたくさん出てきました。相手の立場になることで、なぜ反対していたのかがわかるわけです。

このように、人間関係を改善するにはバスケット理論を使って一度相手を受け入れたり、ロールプレイング議論で相手の立場になって考えてみる、ということが重要になると思います。

取材・執筆:World Academic Journal  編集部