青山学院大学 佐藤綾野 教授
マイクロファイナンスの本質はビジネスよりも教育にある

金融にご興味がある方でしたら、マイクロファイナンスという言葉を耳にしたこともあるのではないでしょうか。マイクロファイナンスとは、主に貧困層の救済を目的として小口の融資を行う金融機関です。無担保で融資を行うにもかかわらず貸倒れがほぼ発生しないと言われており、その仕組みはとても気になりますよね。

そこで今回、マイクロファイナンスに関するご研究経験をお持ちの、青山学院大学の佐藤綾野先生にインタビューさせていただきました。

インタビューにご協力頂いた方

青山学院大学 法学部 ヒューマンライツ学科 教授
佐藤 綾野(さとう あやの)

早稲田大学大学院経済学研究科博士課程単位取得済退学、博士(経済学)。新潟産業大学、高崎経済大学を経て現職。
2017年~2018年コロンビア大学日本経済経営研究所客員研究員、2021年~郵政民営化委員。専門は、国際金融、経済政策。

マイクロファイナンスとは貧困撲滅に向けた融資サービス

マイクロファイナンスとは、貧困の撲滅、そして貧困地域における女性の社会的地位向上を目的として設立された、小口資金の融資を行う金融機関のことです。マイクロファイナンスが主に展開されているのは東南アジア・中央アジア・アフリカなどの発展途上国が中心ですので、日本で見かけることはあまりありません。金融サービスと聞くとまず先進国において開発・発展し、それから途上国へと展開していくイメージをお持ちの方も多いと思います。では、なぜ金融サービスの一つであるマイクロファイナンスが発展途上国から誕生したのかというと、先述のとおりマイクロファイナンスの目的は「貧困撲滅」「女性の社会的地位向上」だからです。

世界最初のマイクロファイナンスは、バングラディシュのグラミン銀行です。グラミン銀行は、文字の読み書きさえできない農村女性達にビジネス支援をしてあげられればという目的で、ムハマド・ユヌス氏によって設立されました。つまり、マイクロファイナンスの誕生は、バングラデシュが最貧国の一つであり、かつイスラム教による女性の社会的地位の低さという宗教的な背景によるものだったのです。そして、このような経緯で誕生したマイクロファイナンスは、初代マイクロファイナンス「グラミン銀行」の創業者ムハマド・ユヌス氏が2006年にノーベル平和賞を受賞したことで、世界的に知られるようになりました。

マイクロファイナンスでは無担保無審査で融資が受けられる

先述のとおり、マイクロファイナンスの主な目的は、貧困地域の農村女性たちへのビジネス支援です。ビジネスといっても、マイクロファイナンスで融資を行っている対象は、例えばビーズを購入してネックレスを製作・販売して利益を得るというような簡単な商売です。したがって、マイクロファイナンスで行われているのは、少額資金の融資です。

とはいえ、少額融資を行うことが主だとしても、マイクロファイナンスも金融機関であることに変わりはありません。ですから、果たして貧困地域の農村女性が担保を用意し、審査を通れるのかという疑問は当然あるでしょう。実はマイクロファイナンスでは、担保を用意する必要はなく、また審査を行わずとも資金融資を受けることができるのです。なぜならば、担保も用意できない農村女性たちにビジネスの機会を与え、その商売を通じて読み書きや計算を学ばせることで、彼女たちの経済的自立・社会的地位向上を促進させることがマイクロファイナンスの目的だからです。

もちろん、担保を取らず審査もせずに融資を行うとなると、貸し出す側には大きなリスクがあるのではと思われることでしょう。しかしながら、マイクロファイナンスの先駆けであるグラミン銀行では、無担保無審査にも関わらず100%近くの返済率を誇っていたようです。その秘密は、「グループ貸付」というシステムが有効に機能していたためと言われています。グループ貸付とは、数人で構成されるグループに対して融資を行う制度です。個人ではなくグループに対して融資することで、各メンバーが互いに監視し合う状況になるため、自然と返済が促進されるのです。

例えば、女性5名で構成されるグループがあったとしましょう。まず最初にグループ内のうちAさん・Bさんに融資を行います。Aさん・Bさんがきちんと返済すれば、続いてCさん・Dさんも融資を受けることができます。Cさん・Dさんもきっちり返済できれば、最後の1名にも融資が行われます。そして、この最後の1名もしっかり返済することができれば、またAさん・Bさんが融資を受けることができ、かつ今度は前回よりも融資額が引き上げられます。

また、融資を受けたグループは週に一度、銀行スタッフ同席のもと現状共有のための会議を開催し、ピアモニタリングの機会を設けることになっています。加えて、返済することができなかったメンバーはグループへの参加資格を失うルールとなっており、メンバーのピアセレクション効果も自然と機能していたと見られます。こうしたシステムによって、マイクロファイナンスは無担保無審査という条件にも関わらず、極めて高い返済率が実現できているのでしょう。

グループ内での相互監視による返済促進と同時にメンバー選定まで行えるこの「グループ貸付」システムは、貸倒リスクの回避、審査コストの省略、加えて女性の経済的自立・社会的地位向上にも貢献できる、一石三鳥ほどもの効果が期待できる金融システムとして、非常に注目されていました。

マイクロファイナンスは先進国では普及しにくい

こうして見ると、マイクロファイナンスは多くの金融機関にとって理想的な姿であると思われるかもしれません。しかし、実際にマイクロファイナンスが世界各国へと展開していくのは難しいと考えています。その理由は二つあります。

一つには、すでにマイクロファイナンスが普及している発展途上国でさえ、先述したような理想的な状況ばかりではないということです。およそ10年前に私がバングラデシュへ視察に行った当時、マイクロファイナンスで行われていた融資のほとんどは担保・審査ともに不要と謳いながらも、実際に融資を受けられるのは既婚女性に限られていました。つまり、夫という人的担保を取っていたのです。また、融資を受けた後に預金を事実上強制することで、これを担保とする金融機関も存在していました。その上、バングラディシュではマイクロファイナンスを行う金融機関・NGO団体が乱立するため、複数の機関から横断的に融資を受けている多重債務者が増えつつあったことも問題視されていたのです。

マイクロファイナンスの世界展開が難しいと考えるもう一つの理由は、マイクロファイナンス本来のメリットでもある「グループ貸付」システムは、個人情報の扱いが容易ではない先進国では浸透させることが難しいからです。そもそも日本においても、「頼母子講」や「無尽」といったグループ貸付を行う金融機関がかつて存在していました。これらが発展して姿を変えた金融機関が、現代における信用組合、信用金庫、そして農協といった協同組合なのです。要するにマイクロファイナンスというのは、金融システムの発展段階における初期の姿に過ぎない、という見方もできますね。

ちなみに、実は日本でも2018年、「グラミン日本」という名称のマイクロファイナンスが登場しました。ですが現代の日本では、相対的な貧困は見受けられても絶対的な貧困というのは皆無に等しく、読み書きさえも出来ないような方はほとんど存在しません。こうした社会情勢にある国でマイクロファイナンスを展開しようとするならば、グラミン銀行誕生当初のような途上国型マイクロファイナンスモデルを、先進国型へと変化させなければならないでしょう。そもそも日本では既に多くの金融機関が溢れており、日々鮮烈な顧客の奪い合いが行われている状況です。菅政権時に地銀再編が促されたことを考えても、日本に関して言えば、これ以上金融機関が増えても需要はほぼ無いと言えるでしょう。

マイクロファイナンスは金融教育におけるモデルである

以上のように、発展途上国で普及しているマイクロファイナンスは、現在のモデルのまま先進国を含めた世界各国へと浸透していく可能性は低いと言えます。ですが、マイクロファイナンスは「金融教育」を行う上では、ベストなモデルではないかと思います。というのも、先述のとおりマイクロファイナンスの運営システムは、金融の発展過程における初期の姿だと考えられるからです。

昨今、日本でも子供のうちから金融教育を受け、金融リテラシーを身につけることの重要性が叫ばれていますよね。金融システムの本質とも言えるマイクロファイナンスは、子供たちに

  • 人々は商売をすることで収入を得ていること
  • 商売をするためにはお金を借りる必要があること
  • 商売で得た収入からは税金が引かれること
  • お金を返すときには利息も払うこと
  • お金を返さなかったら信用を失ってしまうこと

などを理解させる上で理想的なモデルと言えるでしょう。正に、マイクロファイナンスの本質は、教育にあると思います。このようにして子供たちへ金融の本質を学ばせ、どの国においても理想的な経済システムが誕生するきっかけを与えることこそが、マイクロファイナンスの存在価値ではないでしょうか。

関連リンク

『マイクロファイナンスにおける新たな潮流』日本政策金融公庫論集第10号 2011年

『移民の経済学』東洋経済新報社 2016年

『国際金融論15講』新世社 2021年

YouTubeチャンネル『規制改革はなぜ必要なのか』

取材・執筆:World Academic Journal  編集部