山形大学 小野寺忠司  教授
アントレプレナーシップ的思考から、起業で成功するためのマインドセットを学ぼう

現代人の働き方は多様です。「一つの企業に就職し、ずっとそこで働く」と言う時代は過ぎつつあるのかもしれません。そうした中で、新しいビジネスのアイデアを形にしたい人や、よりキャリアアップしたいと考えている人も多いのではないでしょうか。

今回は、山形大学アントレプレナーシップ開発センターの小野寺忠司教授に、「アントレプレナーシップ教育」について伺いました。

アントレプレナーシップとは、「起業家精神」のこと。ビジネスを成功させる要素として、マインドセットが非常に大きな役割を持っている、と言うお話です。

起業を考えている人はもちろん、新しい分野へ踏み出してみたいと考えている多くの人にとってヒントになる内容だと思うので、ぜひ読んでみてくださいね。

インタビューにご協力頂いた方

山形大学 アントレプレナーシップ開発センター 教授
小野寺 忠司(おのでら ただし)

NECパソコン開発に従事し、NEC初のPC98ノートの開発を皮切りに、PC開発リーダーとして商品開発に従事。世界初のフラグシップ商品を手掛け、その後、企画部門にて商品企画に従事。多くのヒット商品を生み出し、特に一体型では前代未踏のヒット商品を生み出すなど、NECノートパソコンの基盤を作る。2012年、NECパーソナル執行役員を経て、レノボ役員に就任。特に世界最軽量PC開発ではBest of CES Awards 2015” ベストPC賞を受賞し世界を驚嘆させた。新たな取り組みとして人工知能開発をSRI(旧スタンフォード大学研究所)と共同開発しベンチャーを設立。

2017年4月レノボを退職して山形大学へ。国際事業化研究センター長、有機材料システム事業創出センター長を経て、2022年に4月にアントレプレーナシップ開発センターを設立し、イノベーション創出に向けた開発やアントレプレーナー教育、企業経営指導、起業家育成教育を行い5年間で16社のベンチャーを立ち上げた。

アントレプレナーシップ教育では、起業家やビジネスパーソンに必要な精神を学べる

多様性の時代と言われている現代では、雇用形態も変わってきており、例えば大企業に就職できれば定年退職まで安定した生活ができるとは言えなくなってきています。そうした中で、「自分の力で新しいことをしてみたい」と考えている人も多いでしょう。個人が起業を考えることは素晴らしいことですが、同時に日本にとっても起業家が増えることは非常に重要です。今回はそうした「起業」について、「アントレプレナーシップ」の観点からお話ししたいと思います。

私が専門にしているのは「アントレプレナーシップ教育」と言うものです。そもそもアントレプレナーシップとは「起業家精神」を意味する言葉ですね。さらにここで言う起業とは、新しいビジネスを創出するスタートアップを指すとお考えください。したがって、アントレプレナーシップ教育では、「自分自身の力で課題解決を行うスタートアップ起業家精神を持つ人材を育成する」ことを目的にしています。

アントレプレナーシップ教育では、いろいろな分野に対してアプローチすることや、その中で実績を作り上げる上で必要な考え方を学びます。これは起業家にとって大切な精神であるだけではなく、会社に就職して働く上でも求められるマインドセットですね。山形大学のアントレプレナーシップ教育事業には、全国から多くの人が参加されていますが、その内訳は学生だけではなく半数近くが社会人となっています。アントレプレナーシップから学べることは、学生だけではなく、今社会に出て働いている人にとっても役立つ考え方と言えるでしょう。

かつて起業大国だった日本。今は市場の変化に対応できず苦境に立っている

今では大企業として誰もが知るトヨタやホンダ、そしてソニーやパナソニックも、かつてはスタートアップ企業でした。こうした企業をはじめとして日本は伝統的に創業者が多く、特に戦後のカネもモノもない状態から世界でも有数の企業を輩出し、現代に至るまで日本経済を支えていますね。さらにそうした大企業を支えたのは日本各地にある中小企業であり、それらが連携しながら日本を工業大国として大きく成長させてきた経緯があります。

しかし現代では、起業家の数はアメリカや中国に大きく劣り、例えばアメリカと日本で起業家数を比べた場合、日本はアメリカの数十分の一程度であると言うデータさえあります。これはどうしてかと言うと、海外では起業家がどんどん増えているのに対し、日本では起業家の数が増えておらず、結果的に比率が小さくなってしまっているのです。

ではなぜ、日本の起業家数の増加は、海外に対して大きく負けているのでしょうか?その理由の一つとして挙げられるのは、変化してきた新しいビジネス環境に、日本が対応できていない点にあります。

かつて日本は物作りを得意として成長してきましたが、現在世界のマーケットの主流はインターネットに移り変わっています。そうした新しいステージに対応し競争力を高めてきたのは、いわゆる「GAFA」と呼ばれるGoogleやAmazonなどの企業ですが、現在の日本には、そうした企業と肩を並べるような商業基盤を作り上げた企業はありません。

さらに言えば、日本が得意としていた物作りによる顧客獲得と、インターネットサービスが顧客獲得をするスピードにも違いがあります。例えばテレビは1000万人のユーザーを獲得するために40年かかりましたが、同じ数のユーザー数をFacebookなどはわずか1~2年で獲得しています。

このように、現在主流となっている新しいデジタルマーケットやそれに対応したサービスは、短期間で爆発的に顧客を獲得し、そこからお金を生み出すことが可能です。しかし日本は、そうしたマーケットへの参入が出遅れており、そこに新しいプラットフォームを作り上げることを苦手としています。この原因となっているのが、アントレプレナーシップの不足であると私は考えています。

もちろん日本にもインターネットは十分に普及しており、DXも進んできています。その意味では海外の起業家と同じ土俵に立っているわけですね。しかし、デジタルマーケットに対して新しいビジネスの発想力の乏しさ、起業家のマインドセットの不足、そして新しい分野へ挑戦する起業家人口の少なさのために、海外企業に太刀打ちできないでいると言うのが現状です。

加えて、今の所文科省も起業家育成に対して積極的な施策を打ち出しているわけではなく、様々な理由が相まって現在の状況があると言えるでしょう。

日本人の平均所得低迷は、起業家不足にも理由がある

日本で起業家が育たないことは、単に「海外企業に負けて残念だね」では済まない一面もあります。世界の市場で日本の競争力が失われれば、外貨が獲得できず、GNPも下がってしまいますね。

そうした日本の国力低下を示すデータとして、最近10年の平均所得の変化があります。実は日本人の平均所得は、この10年間上がっておらず横ばいで推移しています。これは「この10年間日本人は新しい付加価値を生み出していない」と言うことの表れでもあるんですね。同じ期間中アジア各国の多くの国で平均所得は上がっているので、相対的には日本人の給料は下がっていると言っても過言ではありません。

人によっては、「日本の物価は低くて生活しやすい」と言います。現に日本の物価安は、外国人観光客からは好評です。しかしこれは、「みんな給料が低いから安くしないと買ってもらえない」と言うことでもあるため、決して喜べるものではありません。さらに2022年は、歴史的円安に加えて、原材料費の高騰によるインフレも問題になっていますね。

給料は上がらないのに生活の出費は増えるとなると、大きな問題です。この問題を解決するには、起業家人口を増やし、デジタルマーケットにおいてより付加価値の高いサービスを提供し、世界の顧客を獲得して外貨を稼ぐことが必要ではないでしょうか。

資金調達や制度の面から、日本でも起業しやすい環境が整ってきている

新しいビジネスアイデアを持ち、それを実現させる起業家を育成することが日本にとって急務ですが、現在は以前に比べると起業のリスクやハードルは下がったと言えます。

例えば以前は、銀行からスタートアップ資金を融資してもらうと言うのが普通でした。お金を借りるわけなので、利子であるとか、失敗した時の返済であるとかのリスクはあったと思います。しかし現在では、起業家を支援する制度も整ってきていますし、場合によってはベンチャーキャピタルから出資してもらえることもあるでしょう。

ただし、現在の日本は起業しやすくなったとは言っても、出資を受けるためには投資家たちに自分の会社のビジネスアイデアや商品を示して、魅力や将来性を伝える地道な活動は必要です。

また、起業したとしても、すぐにビジネスが軌道に乗っていくとは限りません。原材料費や開発費、人件費などがあるため、実際にサービスが売れて黒字になっていくまでには時間がかかるものです。その資金と時間の推移を表したものをいわゆる「Jカーブ」と言いますが、利益の出ない期間を過ごすための忍耐力やマインドセットも、創業者には求められます。

起業家育成においてマインドセットが6〜7割を占めるほど重要と言われるのは、こうしたためです。もちろん、創業者一人が強い意志を持っていても仕方ありません。事業を必ず成功させるんだと言う意思の元に、その目標を共に目指せるチーム作り、会社作りもとても重要です。

起業家育成プログラム「i-HOPE」では、実践を通してアントレプレナーシップを学べる

私が所属するアントレプレナーシップ開発センターでは、起業家精神、知識、技術、実践を総合的に学べる「i-HOPE」と言う起業家育成プログラムを用意しています。プログラムの期間は約7ヶ月(隔週土曜全16回48コマ)となっており、その間に講義、講演、ディスカッション、チームワーク学習などが行われます。

i-HOPEでは、座学だけではなくフィールドワークも行い、現実にある社会問題にビジネスを通して取り組むことが1つの特徴となっています。

フィールドワークについて、具体的には山形県の最上地区を題材としています。日本は世界の中でも「課題先進国」と呼ばれ、人口減少や高齢化などの社会問題が進んでいる国ですが、最上地区はそんな日本の中でもとりわけ過疎化が進み課題の多い地区ですね。そうした地域に存在する問題に対し、課題解決のためのビジネスアイデアを創出していきます。

こうした実践的なプログラムだけではなく、企業経営に必要な知識(マーケティング、ファイナンス、コミュニケーションなど)についても、座学だけではなくチームワーク学習を通して学んでいきます。

この「i-HOPE」だけではなく、資金調達や制度面などでも、一歩踏み出しさえすれば起業家に手を差し伸べる仕組みが、現代の日本には多く整ってきています。ぜひアントレプレナーシップ的な考え方を学び、そして身につけて、世界を相手に活躍するような起業家が多く育って欲しいと考えています。

取材・執筆:World Academic Journal  編集部