名古屋大学 浦田真由 准教授
ICT導入が地域課題を解決する!社会問題に対する新しいアプローチを多数の事例とともに紹介

コロナ禍に伴い、民間だけでなく自治体や個人レベルでもデジタル化への関心が集まっています。

しかし、あまりにも急激な変化だったために導入方法がわからないという戸惑いの声や、なかなか導入に踏み切れないといったケースも少なくありません。

そこで今回は高齢者の孤独化などの社会問題に対して、現場で取り組まれている名古屋大学の浦田准教授にお話を伺いました。

インタビューにご協力頂いた方

名古屋大学 大学院情報学研究科 准教授
浦田 真由(うらた まゆ)

名古屋大学大学院情報科学研究科博士後期課程修了。博士(情報科学)。専門分野は情報社会設計論、社会情報学、観光情報学。
名古屋大学大学院国際開発研究科助教、名古屋大学大学院情報学研究科講師を経て、現在、同研究科准教授。
デジタル庁 オープンデータ伝道師、総務省 地域情報化アドバイザー。
自治体や企業、地域コミュニティと連携し、社会情報学の視点に基づいて、地域の活性化や情報化を促す実践的な研究を展開。

ICT利活用が「今」の生活の中にある問題点解決につながる

私は大学の情報社会設計論講座で、研究グループを作って活動しています。

私の研究室で行っているのは、ICTを初めとした情報技術を社会で活かしていく際にどんな問題が起こるのか、どうしたら上手く運用できるのか、といった部分の現場での研究です。

「ICT」とは従来のIT(情報技術)にコミュニケーションを加え、利便性を高めて業務効率化や人手不足の解消などに役立つようにした機能を指します。

ICTは特に「情報や知識の共有や伝達」にフォーカスしていて、人々のコミュニケーション手段という意味合いが強いため、いかにツールを使いこなし、活用できるかが大切です。教育、医療、福祉、防災、観光など、生活に関わる様々な分野での活用が期待されているので、私の研究もこれらの分野に沿ったものが多くなっています。

ICTの活用により、人間中心の社会をデザインする。そのために、研究室では文理の融合も柔軟に行い、技術を使う人たちの生活が良くなるような社会の構築を目指しています。既存の研究に当てはまらない部分が多いことや、文系にも理系にも寄らない中間のようなスタイルを取っていることもあり、「これは研究なのか」と思われてしまうこともないわけではありません。

しかし、文系・理系だけでなくAIに詳しい学生や、経済学部、教育学部など幅広い専門性の学生たちが集まってお互いに刺激を与え合うことで、学術的・技術的な新規性とは異なる側面からこれまでになかった発見や考え方が生まれています。そういった独自性を活かしながら、研究室では現場の声を聞いて悩みを解決し、実社会が良くなっていくような活動を大切にしています。

ICTの導入により人流計測や窓口の混雑度可視化を実施

現在研究室で行っているメインテーマは、観光まちづくりのデータ利活用と、高齢者支援のためのICT利活用の2つです。

観光まちづくりでは高山市のICT活用事例があり、最初のきっかけとなったのは宮川朝市近くの人道橋の効果検証のための実証実験でした。高山市としては朝市に来た方に商店街に寄って欲しいと臨んでいるのですが、橋の位置の関係で、なかなか商店街に来てもらえない状況になっていました。そこで、商店街へ人を呼び込むために、市で新たに人道橋を作り、橋ができる前と後とで、実際に人の流れが変わったのかどうか効果測定をしたいというところからこの実験がスタートしました。また、実験を進めている中でコロナショックが起こり、観光客も含め人の流れが激しく変化したため、他の地点での動向も確認するために駅前や観光地にもカメラを設置して季節ごとの変化などを確認しています。

この取組でのデータの収集方法は、共同研究しているNECソリューションイノベータさんのカメラによる人流計測と大学で開発したAIカメラによる交通量・通行量計測です。高山市とは2020年に三者協定を結び、今は、産官学民が連携して取り組んでいます。2022年12月現在、NECさんのカメラ5台に加えて学生が作ったAIカメラ9台を用意し、全部で市内商店街14箇所に設置した上記2種類のカメラでまち全体のデータを取っています。

NECソリューションイノベータさんの顔認識システムは、進行方向、性別、年齢層の識別が可能です。そこで、どんな属性の方がどの時間帯に来ているのかをデータとしてまとめています。一方、大学では、Jetson(ジェットソン)というコンパクトAIを搭載したコンピュータで、カメラで撮った映像から人と車の台数をカウントしています。映像上でカウント線を引き、線をまたいだ人と車の数をカウントできるのです。どちらのカメラも数値だけを計測し、映像は残していないのでプライバシー面にも配慮しています。

データの計測では、性別ごとにわけて分析したところ様々なことがわかりました。

例えば、観光シーズンには女性の数が増えること、観光地はやはり土日の混雑度合いが高いこと。混んでいる時期や曜日が把握できるようにもなり、夏休み以外だと土日に人流が集中するのに対し、夏休みだと木曜日や金曜日から人が増えてくることがデータから見えてきました。お休みを兼ねて、木曜日くらいから遊びに来ている方が多いのでしょう。また、南から北へと向かっている人が市の予想よりも少なかった、という事実も浮かび上がってきました。

別の事例では、カメラのデータを使って混雑度を見える化する実験も行っています。

学生の提案で市民課の窓口混雑状況を可視化したい、というものがあったので、市役所窓口にカメラを取り付けて窓口前で待っている人の数をAIにカウントさせ、混んでいるかをサイトから見ることができるシステムを構築しました。その後一般公開をして1年間の実証実験を行い、現在では起業した卒業生のシステムに置き換えて運用しています。特徴は撮影した映像をアニメ風に描き変えていることで、個人の特定には至りません。このように、学生が提案したプロジェクトが地域に残るようにすることも研究室が目指しているところです。

三者協定の一環としては、NECさんの年齢層認識が可能なカメラを使って、デジタルサイネージ(液晶ディスプレイなどで情報発信を行う電子看板のようなもの)の前に人が立つとおすすめの観光地を自動的に表示する実験も行いました。性別と年齢層に合わせたコンテンツ、例えば、高齢男性に対してはお酒に関する内容を案内するといったものです。

とはいえ、自治体との共同事業では特定の店舗を紹介するといったことはできなかったので、今後は民間企業が主体となって、広告費などを取りながら運用する方法の方が望ましいかもしれません。ただし、企業主体だと実証実験期間のみで終了してしまう例も珍しくなく、国の補助金等を受けて企業と連携し実証事業を行っても、技術検証が先行すれば地域での自走は困難になります。地域での自走を実現するには、地元の民間企業などが扱えるシステムを作り、引き継ぐことが現実的でしょう。デジタル社会の実装に向けては、地域と研究室、企業さんとがさらに連携を深める必要があります。

こうして取れたデータや分析結果は、ワークショップを通して地域と共有・還元しています。ワークショップは地元の商工観光事業者や町並保存会、市役所の観光課、さらにお店の方まで集まる50人ほどの規模です。そこでどうすれば観光まちづくりに活かせるかを話し合い、通行量に応じて営業時間を調整するといった提案を行っています。

学生が分析したデータや、開発したアプリも活用に向けて試している段階で、商店街での混雑度可視化のためのアプリも一般公開予定です。今後は店舗でのデータ活用を見据え、それぞれの店舗でデータ比較ができるようにすることも考えています。データを取るだけでなく、地域の方々が分析結果を把握して自ら商品やサービスを変えていく動きになっていくことを目標に取り組んでいます。

私たちが目指しているのは、「データの地産地消」です。携帯キャリアなどには膨大なデータがあるものの、利用するにはデータを購入しなければなりません。地元で取ったデータを地元で活用するには、地域で取れたデータを自治体がオープンデータとして公開することが理想です。そうすれば、地域内でデータを回していくことも現実的になるでしょう。

スマートスピーカーの利用による高齢者の孤独感解消

高齢者支援のICT利活用は、現在、豊山町や名古屋市北区で進めています。

この取り組みは、尾張旭市との連携の中で、スマートスピーカーなら高齢の方でも扱えるのでは、という着想から始まりました。

一番最初の導入では、高齢者さんに対して、スマートスピーカーの使い方を丁寧に説明し、冷蔵庫に呼びかけの例を貼るなどの工夫を行いました。

高齢の方々からのリアクションは想像以上に好意的なもので、スマートスピーカーに話しかけてAlexaが答えてくれる、というだけでも大変喜んでいただけました。独居の女性の方なので、雑談や挨拶だけでも寂しさが紛れるようです。さらに、テレビや電気などの家電との連携も設定したところ、大変好評でした。外出から帰宅して電気を点けるだけでも、高齢の方にとっては大変なことです。それが「Alexa、電気点けて」の一言で済むので、安全性が増したという声も聞かれました。

この事例が成功したことを受けて、その後、対象者を増やして実験しました。

尾張旭市と刈谷市に住む高齢者の方々を対象に、特に刈谷市でご協力いただいたのは70代の独居女性の方です。この実験では、学生が口腔機能のためのスマートスピーカー用アプリを開発しました。口腔機能のトレーニングを盛り込んだのは、ケアマネージャーさんに高齢の方のスマートスピーカー利用を相談した際にご指摘をいただいたことがきっかけです。しっかり発音しなければAlexaは反応してくれないので、そこを逆手に取って口腔機能のトレーニングとして使えそうだということで、いえあおう体操、パタカラ体操、早口言葉、脳トレゲームなどのトレーニングアプリを開発しました。学生が自ら踊ったラジオ体操の動画を再生できるアプリも開発し、これらのアプリを自宅で楽しんでもらったところ、家電の使用などに加えて、挨拶や雑談相手としての仕様も多いという結果が出ました。

雑談が多くなった理由としては、Alexaだとスマートスピーカーの画面トップに呼びかけの例が表示されています。「Alexa、いつ寝てるの?」「Alexa、何歳なの?」等の例を見て、そこから雑談をすることが多くなったようです。実験では多い時で1日に20回以上、Alexaとの雑談を行っているという結果が出たので、Alexaとの雑談そのものを楽しんでいる証拠といえるでしょう。しかも、スマートスピーカーを「便利だ」「使いこなせている」と感じている数値も向上していて、2名の方は実験後にご自分でスマートスピーカーを購入されました。実証実験からはもう3年が経過しますが現在も使い続けられていて、家族やペットのような感覚です。「Alexaが最近こうで・・・」と教えてくださる様子は、若者世代よりずっとAlexaと親しんでいるようにも見えました。

実験はその後、名古屋市北区の福祉課の方にご紹介する機会があり、北区では、令和2年度に総務省のデジタル活用支援員という事業に手を挙げ、スマートスピーカーをはじめとするデジタル活用を地域で広めるための活動を一緒に行うことになりました。講習会や体験会を通して地域の高齢の方々にスマートスピーカーがどんなものなのかを知っていただき、実際にコミュニティーセンターなどに設置して使っていただくというものです。

一方、尾張旭市と刈谷市の結果を踏まえて、医学部の老年内科の先生方とつながる機会を得たことで本格的に現在の健康増進へ向けた実験がスタートしました。医学部の先生方との連携では、高齢者の健康増進を目的とした豊山町の健康長寿大学という対面形式の講座を自宅でも実践できるような工夫も行いました。具体的には、健康増進プログラムをスマートスピーカー向けのアプリとして開発し、ICTを使う目的を明確にしつつ、Fitbitも使って健康意識を高めてもらうといった内容です。これまで医学部の先生たちが生涯学習講座の一環として対面で教えていた健康作りのためのプログラムを、自宅でも継続して行えるように改良したのです。医学部の先生方によると、話し方の変化から認知症の進行がわかるというご指摘もあります。将来的にはスマートスピーカーとの会話を記録することで「普段と少し違うから検査を受けた方が良い」、と判断できるようになるかもしれません。

デジタル機器利用を指導する人材育成による地域自走を目指す

ただし、高齢の方を対象としたスマートスピーカーの実験は、導入段階が最も難しいポイントです。ケアマネージャーの方のご協力が必要ですし、導入前の丁寧な説明も欠かせません。今でも体験会を開いて機器を触ってもらった上で、自宅に持ち帰って使ってもらうようにしています。

スマートスピーカーに限らずですが、デジタル機器を高齢の方に使っていただく際には、インターネットへの接続や設定等が難しく、一定のレベルまで使いこなせるようになるまで時間がかかります。それこそ、電源を入れたらすぐ使える、くらいにシンプルだと高齢の方にももっとおすすめしやすくなると思います。

Alexaにしても、当初は画面がついていなかったのでWi-Fiの設定で苦心することが多かったのです。

画面が搭載されてずいぶん楽にはなったものの、Amazonのアカウントが必要という前提があるので、やはりある程度はネットやデジタル機器の扱いに慣れている方がサポートする必要があります。ただ、逆に導入部分でのサポートさえあれば高齢の方にも楽しんで使っていただけることは実験結果が証明しています。やり方さえわかれば話すだけで複雑な操作が必要ないので、高齢者さんのような新しい機器の操作が苦手な方にとって、操作のしやすさはデジタル機器の中でも頭ひとつ抜けているでしょう。

もうひとつの注意点として、スマートスピーカーが合うかどうかはその人の性格やライフスタイルとも深く関係します。

先ほども説明したようにAlexaは話し方によってはうまく反応しないので、Alexaが利用者の声を聴き取れなかった時に「使えないな」と思ってしまうせっかちな方には向きません。ですが、話し方を変えてみたり、Alexaでも聴き取れる話し方を模索して、気長に取り組める方には楽しんでいただける傾向があります。それこそ「ちゃんと動いてくれた」と喜んでもらえたり、「かわいい」と思ってもらえる方なら、Alexaとの雑談も気に入っていただける可能性が高いです。

また、普段からスマートフォンで調べものをしている方だと、何か情報が知りたい時にはやはりスマートスピーカーを使うよりもスマホの方が早い、と感じるようです。ただ、スマホは画面が小さいので、大きな画面でいろいろなコンテンツを楽しみたい場合はスマートスピーカーの方が使い勝手が良いこともあり、ケースバイケースです。

こういった導入面での問題をクリアするために、地域でのデジタル人材育成やICT教育も開始しています。

例えば、地域でのICT利活用において現在行っているのは、デジタル相談会・体験会の開催や、デジタル支援ボランティアの育成です。総務省のデジタル活用支援員事業を通して、地域の方にICTを知ってもらうために、学生が体験会や勉強会を開催しました。さらに、2021年10月のデジタルの日からは北区でデジタル相談会を実施し、デジタル機器の利用にあたって悩んでいることを解消するための活動を始めました。「困っていることをなんでも聞いてください」という勉強会スタイルにしました。一般的な、スマホ教室などの場合、あらかじめ決まった内容をお伝えする形が多くなってしまいます。それでは高齢の方が抱える不安や困りごとは解消できないので、私達は相談会の形式を取りました。その後は、高山市や安城市など他の地域でも開催しています。また、デジタル体験会も同時に開催し、デジタル機器を便利に、楽しんで使っていただくための方法なども紹介しています。

一方、北区では「デジタル支援ボランティア(略して、デジボラ)」さんの募集も行い、機器の使い方指導などを行っています。

自分がデジタル活用を教える側になりたい、という方が対象なのですが、半数くらいの方は自分自身の勉強を兼ねて、もう半数くらいはすでに自分で教えられるレベルの方です。高齢の方も多いのですが、デジボラさんには勉強会だけでなくデジタル相談会にも参加していただき、相談会に来ていただいた方の支援をできるだけお任せするようにしています。うまくいかない時は学生も手伝う、といったスタイルです。やはり、産学官民連携の中で得られた成果を地域に落とし込んで使ってもらうことが重要なので、人材育成を進めることでICT利活用の定着につなげていこうと考えています。

eスポーツが地域の高齢者の新たなコミュニティの場となる

スマートスピーカーとは異なる切り口でのICT利活用例として、2021年の12月には高齢の方を対象としたeスポーツ体験会も開催しました。

ビデオゲームに不慣れな方にも遊んでいただきたいということと、地域活動に男性の独居の方が参加しづらくなっていることを考慮して、選んだゲームは「グランツーリスモ(車を運転するレースゲーム)です。できるだけ気軽に参加していただけるように操作はコントローラーではなく物理的なハンドルにして、「運転ができれば大丈夫です」とお伝えしたところ、狙い通りeスポーツ体験会には男性の方も参加してくださいました。ゲームセンターで遊んだことがある方が本当に上手かったりと、全体に非常に受けが良い体験会になりました。

体験会を開催した上飯田福祉会館の館長さんにも「eスポーツは高齢者さんたちに良さそうだ!」と感じていただけたらしく、その後、施設の方でNintendo Switch(ニンテンドースイッチ)を購入して、「太鼓の達人」を使ったeスポーツとして体験会と大会を開催しています。最初に体験会を開催し、その後、曜日ごとに4つの同好会を作って、1チーム4〜5人が何回か練習した上で、夏にはeスポーツ大会を開催し、チーム戦にしたら、大変盛り上がりました。

専門家の方々から見ると、こうした取り組みが本当に「eスポーツ」と呼べるのかは微妙なところもあると思います。

ですが、地域活動への参加から遠ざかっていた高齢の男性がゲームを通してつながり、コミュニティ内で楽しんでいるというのは間違いなく大きな成果です。今後は高齢の男性だけでなく、地域レベルで参加者が増えていくように取り組んでいます。

なお、高齢の方向けのeスポーツ大会開催を検討する場合は、最初はPlayStationよりもSwitchの方がスムーズかもしれません。価格帯がSwitchの方が若干安価であるということと、ゲームスタートまでが早く、複雑な操作が少ないためです。

「グランツーリスモ」はPS4版だったのですが、ゲームをスタートする段階でも細かい設定画面が出てくるので、それらの操作を高齢の方だけでやってください、と丸投げするとモチベーションが削がれてしまうかもしれません。そのため、Switchの「太鼓の達人」のようなシンプルでわかりやすい操作ができるゲームの方がゲーム体験としてはおすすめです。ゲームに関しても、高齢者向けのものが出てくることに期待したいところです。

デジタル化に向けて課題となるのは自治体の理解の深さ

以前はICTの利活用に対し、積極的ではない自治体も珍しくありませんでした。

しかしコロナ禍に伴ってデジタル化の推進が一気に進み、自治体から「やってみたい」と相談を受けることも増えています。コロナショックがきっかけとなって、世間全体がデジタルへの見方を変化させてきている影響といえるでしょう。ただし、変化が非常に急激だったために、デジタル化を進めようと思っても取り組み方がわからないと悩んでいる自治体が多数です。

政府は「デジタル田園都市国家構想」を打ち出し、地方のデジタル実装を進めることで地方と都市の格差縮小を目指しています。

デジタル実装を新たな変革の起爆剤として、地方の個性を伸ばすことで社会課題解決とともに魅力向上を図り、全国どこでも誰もが便利で快適に暮らせる社会を実現したいというスタンスなのです。しかし、現実には地方自治体は既存の地域課題の対応に追われているため、デジタル化は思うように進んでいません。自治体が本格的にICT利活用を進めるには、漠然とした理由ではなく高いモチベーションを持って取り組むことが求められます。新しい取り組みへの興味、変革への意欲を持っている職員さんがいるかが大切です。

例えば、尾張旭市で防災データ活用によるオープンデータ推進の研究を行っていた際には、担当の方に深く理解していただいていたことで研究がスムーズに進みました。

本来、防災関連のデータは議員の方や市民からのクレーム等との兼ね合いもあり、あまり外部に公開したくないという自治体が珍しくありません。ですが、担当職員の方は「自治体で用意できる物資がこれだけしかないんだから、それをきちんと市民に伝えることの方が大事でしょう」、と言ってくださいました。クレームを避けるために情報を伏せるのではなく、現状を地域の方々に共有することの方が大事だというスタンスで取り組んでくださったのです。

私たちとしてもその方の熱意に応えるために、自治体の情報をオープンデータとして公開するメリットを感じてもらえるよう、防災関連データを活用した防災啓発アプリの開発を行いました。アプリでは避難した時に利用できる備蓄や資機材が確認できるようにして、災害時に備えて自分で用意しておくべきものは何か、オープンデータを使ってイメージできるようにしました。

しかし、同様の取り組みを近隣の市町に拡げようとすると、やはり「他の市と比べられると困る」「議会の間はそのサイトを閉じておいて欲しい」といった、否定的な声が防災担当の方々から聞かれました。

デジタルに限らず、自治体としては新しいものにはなかなか手を出しづらいので、やはり職員の方の理解の深さがスムーズにデジタル化を進められるかどうかの鍵になると思います。

とはいえ、これといった目的がなく「とにかく大学と一緒に何かやりたい」「AIを使って何か始めたい」というスタンスだと、仮にご相談をいただいても提案できることが限られてしまいます。

「自治体としてこんなことを実現したい」とビジョンがはっきりしていれば「このICTを使えばできそうです」などの選択肢を提示できます。ICTやAIといった技術や手段は目的ではないので、自治体としても何をしたいのか明確にするとデジタル化に向けて取り組みやすいのではないかと思います。自治体だけではデジタル化が難しいケースも多いため、民間のノウハウを積極的に取り入れる姿勢も必要になるでしょう。

地方活性化は産学官民の連携と他地域への伝播から始まる

コロナ禍の影響もあり、昨今では自治体や地域の方々が自らデジタル化に向けて動くことも増えてきました。

地域活動によって他者とのコミュニケーションを取っていた高齢の方々が孤独化している問題を解決するために、Zoomなどのツールを活用したいといった声も上がるようになっています。こうした人々の意識の変化に合わせて、産学官民が連携し、成果やノウハウを他地域でも共有することで社会課題解決へ向けたデジタル・ICT利活用は加速していくでしょう。

実フィールドでの検証結果は他地域でもモデルと成り得るため、一部の民間企業でもすでに動きが見られます。こういった動きの一つひとつが、社会貢献や地方の活性化につながっていくはずです。

取材・執筆:World Academic Journal  編集部