近畿大学 夏野剛 教授
自らの思考を他者に委ねていてはこれからの社会では生き残れない

インターネットの普及により、社会の様子はひと昔前と比べて様変わりしました。

仕事においてもプライベートにおいても環境は大きく変化し、常に自身を成長させることが求められます。とはいえ、膨大な情報が溢れる現代では、どのように自己を高めれば良いのか、かえって迷ってしまうことも多いのではないでしょうか。

そこで今回は、『自分イノベーション』の著者である近畿大学の夏野教授にお話を伺いました。

インタビューにご協力頂いた方

近畿大学 情報学研究所長 特別招聘教授
夏野 剛(なつの たけし)

早稲田大学政治経済学部卒、東京ガス入社。ペンシルバニア大学経営大学院(ウォートンスクール)卒。ベンチャー企業副社長を経て、NTTドコモへ。「iモード」「おサイフケータイ」などの多くのサービスを立ち上げ、ドコモ執行役員を務めた。

現在は近畿大学の特別招聘教授、情報学研究所長のほか、株式会社KADOKAWA代表取締役社長、株式会社ドワンゴ代表取締役社長、そして、トランスコスモス、グリー、USEN-NEXT HOLDINGS、日本オラクルの社外取締役を兼任。このほか経済産業省の未踏IT人材発掘・育成事業の統括プロジェクトマネージャー、内閣府クールジャパン官民連携プラットフォーム共同会長なども務める。

これからの社会は自分の頭で考えた意見を発信することが求められる

結論からいうと、今後の社会においては自身の視点を持ち、様々なことを自分事として捉えられるかどうかが評価されるポイントになってきています。インターネットの普及でIT革命が起こり、私たちは個人で多種多様な情報にアクセスできるようになりました。インターネットが登場するまでは、「大学まで進学すればひととおりの知識を身につけられる」といったノウハウのような情報の取り入れ方が通用しましたが、今では情報が氾濫し、全員が共通して1から10まで知っていることはどんどん減ってきています。これは言い換えれば、何か欲しい情報があってそれを理解しようとした時、まずは全体像を自分なりに観察・分析しないと、知りたい情報について何もわからない状況に陥ることがある、ということです。

それでは、自分なりの観点を持って情報と向き合うにはどうすれば良いのか、という話になりますが、最初にすべきは自分が最も得意なこと、もしくは最も関心を持っている情報や事柄について、自ら率先して調べる習慣を身につけることです。他人の意見に身を任せるのではなく、自分から調べることを繰り返していけば、物事を自分自身の視点で捉えることができるようになるでしょう。

そもそも、世に出回る情報がなぜここまで膨大な量になったかといえば、TwitterをはじめとしたSNSの登場によってあらゆる人が情報発信の手段を持ったためです。これまで不特定多数に向けて情報発信ができるのはメディアに所属している人など、一部に限られていましたが、現代社会においては誰でも自由に自分の意見を表明できます。かといって、発信さえすれば評価されるかといえばそんなことはなく、個人の感想をただつづっているだけでは誰も見てくれません。大切なのは、発信する意見に中身があるかどうか、つまり「自分なりの視点で考えた意見」であるかどうかなのです。

例えば、何かの出来事に対してのコメントの切り口が斬新で、他者からも共感を得るような内容であったなら、その時初めてメディアよりも大きな発信力を持つことができます。インフルエンサーやユーチューバーなどは、個人が発信力を得て世の中に広く認知された典型でしょう。これらの事例から見ても、これからの時代を生き抜くために何より必要なのは、「自分で物事を判断する目を養う」こと、そして「意見を発信する習慣を身につける」ことといえます。

自分なりの観点を育むために意識するべき5つのポイント

具体的に、自分視点を持つために求められる要素は下の5つが挙げられます。

  • なんでも試してみる
  • 日々感じている不平不満を意識する
  • 多様性を受け入れる
  • 情報に疑問を持つ
  • 論理と直感の両方で考える

ひとつずつ詳しく説明していきましょう。

食わず嫌いをせずにまずはなんでも試してみる

1つ目は、「なんでも試してみる」ことです。新しい発見の邪魔になるのは、多くの場合「食わず嫌い」です。例えばiPhoneが発売された時に「ボタンがひとつしかなくて操作をタッチパネルでするなんて有り得ない」と感じた人は、スマホの良さがわからないままで長年、時代に乗り遅れた状態になっていたかもしれません。新しいものが出てきた時に、「すごい」「素晴らしい」と評価を得ているなら、やはり一度は自分で試してみるべきです。

プログラミングにしても、今はプログラミングを学ぶべきという声がよく聞かれます。そこで、自分も一度プログラミングを勉強してみよう、と考えることが非常に重要なのです。プログラミング経験がない人の中には、「別にプログラミングなんて知らなくても」と言う人がいますが、やったことがないのになぜ「◯◯なんて」と言えるのでしょうか。こうした姿勢は、自分の考えを制約する要因になってしまいます。

同様に、野球をしている人が「サッカーなんて」と言ったなら、その時点でサッカーの良さを理解しようという気持ちを捨ててしまっていて、体験する前に拒絶から入っています。しかし、やっていないのに否定するのは、せっかく経験できるはずだったチャンス、得られるはずだった発見を逃すことになりかねません。自分からそれらの機会を阻害するのは、本当にもったいないことです。

不平不満を感じたら「なぜ」と考え常に思考を広げていく

2つ目は、「日々感じている不平不満を意識する」ことです。例えば自分がキャッシュレス決済をメインに生活している中で、あるお店に行って買いたい物があるのに現金しか扱っていない、となったら非常に困ります。そんな場面に出くわしたら、自分が感じている不平不満の先のことまで考えてみてください。現金が使えないお店であれば、

「このお店でキャッシュレス決済を導入すれば、もっと売上が増えそうなのに」

「このお店が現金決済しか採用していないのは、何か理由があるんだろうか?」

「どうしたらこのお店は、キャッシュレス決済を取り入れるだろう?」

このように思考を巡らせると、考えが一気に膨らんでいきます。しかも、現金しか使えない店舗はまだまだ存在しますから、こうやって考えていくだけでもビジネスのきっかけが見つかる可能性はあるわけです。

もっというと、駄菓子屋さんには今でも現金決済のみのお店が多いですが、それでもPayPayは普及し始めています。そこで「なぜPayPayは使えるのに、クレジットカードは非対応なんだろう?」という疑問・興味を持って調べたなら、各決済の手数料や、承認プロセスなんかもわかってきます。ひとつの疑問からその領域について詳しくなっていくと、今まで思いもしなかった新しい可能性が見つかることもあるでしょう。例えば、新しい決済手段を生むきっかけになるかもしれませんし、デジタルマネーへと派生することも考えられます。こうやって一連の流れを日々繰り返すことが、自分の視点を持ってビジネスチャンスを捉える一助となるのです。

他者から異なる意見をぶつけられても多様性として受け止める

3つ目は、「多様性を受け入れる」ことです。多様性を受け入れようと意識していれば、新たな発見をする機会が自ずと増えていきます。例えば自分が何か最高だと感じるようなアイデアを思いついたのに、周りから「それほど良いアイデアではないね」と言われたら、怒りを感じるかもしれません。しかしそこで怒らずに、「なぜこの人は良いアイデアだと思わないんだろう?」と受け止め、ひとまず相手の話を聞いてみるのです。すると、自分の説明不足や、アイデアに欠けている部分があった、などの見落としに気づくことができます。

つまり他人の意見は、自分と異なる、すなわち「多様性」として自分に気づきを与えてくれるものなのです。自分と違う意見を持っている相手だからといって憤るのではなく、「なぜ駄目なのか」を突き詰めていけば問題解決の糸口が見つかるでしょう。批判というのは、見方を変えれば意見の食い違いです。人から何か言われた時に「批判」と受け止めるか、「前向きな指摘」と考えるかで、意見の見え方も変わってしまいます。だからといって、他者の意見は愚直に全て受け入れなければいけない、ということではありません。最初から攻撃することを目的に食いかかってくるような人を相手にしても、気づきを得られることはほぼないでしょう。

ただ、多様性を受け入れる視点を持っておけば、自分にとって新しい視点や、異なるベクトルからの意見を発見できる可能性は大きく上がり、将来的な財産になっていきます。特に、自分とは違ったバックグラウンドがある人とは意識的に話すようにすることをおすすめします。例を挙げると、会社などで行っている「会議」は、もともとそういった気づきを得るための場です。全員が同じ意見で、異なる意見が出てこないような会議はやる意味がありません。にも関わらず、日本の大企業などで新卒からのプロパー社員が多く、外部から中途入社した社員が少ない環境になっていると、会議で異論を発する人が少なくなりがちです。

こうなってしまう原因は、周りの社員と違うことを発言したら異端扱いされるのでは、仲間外れになるのでは、という不安にあります。なので、今所属している会社に中途入社の社員がほとんどおらず、年功序列で終身雇用を最重視しているような組織なら、できるだけ早めに抜け出した方が良いと思います。そんな組織に居着いてしまうと、自分自身が一面的な物の見方しかできない、偏屈な人間になっていってしまうでしょう。

私自身は、個人と会社の関係性は基本的に対等であるべきだと考えています。社員である個人がいなければ会社は成り立たず、逆に会社がなければ社員も給料を受け取ることができないので、互いにWinWinの関係を構築していくべきです。これからの社会では、自分と組織との間にWinWinの関係が成立していないようなら絶対に長居すべきではありません。実際に、中途入社の社員が多いリクルートやサイバーエージェントでは、独立している人も多くなっています。自分を磨きたい、将来起業したいといった具体的なビジョンを抱いているなら、中途入社の社員が多い会社の方が成長できる可能性は格段に上がるでしょう。

触れる情報に対して常に疑問を持ち自分で考える力を養う

4つ目は「情報に疑問を持つ」ことです。ニュース番組などで解説者が「◯◯総理がこう言った背景には、こういうことがあるんだと思います」と話した時などに、「えっ、本当に?」と感じることがあるはずです。そんな時に、「テレビで言っているのだから、そういうことなのだろう」と鵜呑みにするのではなく、自分の中で納得しきれないことは疑いの目を持って周辺情報を調べてみましょう。そうすることで情報に対する感覚が磨かれ、自分視点を持てるようになっていきます。加えて、「本当だろうか?」と疑問に感じたことを調べて、「本当だった」とわかれば、調べたことは確実に自分自身の知識として身につくはずです。

わかりやすいものだと、コロナワクチンの4回目を接種すべきかどうか、「打たなくても良いという意見もあるが、本当だろうか?」と調べてみると「3回で十分」という医師の意見も出てきます。しかし一方で、「4回目はオミクロンのBA.1とBA.2に対応しているので、打つべきだ」と言っている医師もいます。大切なのは、これらの意見を見た上で「反論もあるが、自分はやはり打っておこう」と自分自身で判断を下すことです。

「正しい」と直感的に思えないことがあれば、まずは調べる癖をつけてください。調べてみたらその情報が本当に正しかった、ということもありますし、やはり疑ってかかった自分が正しかった、というケースもあります。ただ、どちらに転んだとしてもこのプロセスを繰り返すことで知識が増え、全体像が見えにくい世の中の断面もスパッと切って把握できるようになるのです。たとえそこまでできなくても、ある程度のところまで自分自身の力で正しく理解できるようになるので、「インフルエンサーが言ってるから」「偉い人の言うことだから」と盲信せず、自分で調べ考える力をつけることを心がけましょう。

物事を捉える時には直感だけでなく論理的に言語化するプロセスも行う

5つ目は、「論理と直感の両方で考える」ことです。物事は直感的に理解ができることもあれば、直感だけでは理解しきれず、きちんと調べなければならないこともあります。ただ、どちらであったとしても論理的に考えて正しいかどうかを検証することは欠かせません。人間は直感があるからこそ素早く行動できますが、それを人に伝えるには論理的な説明が必要になります。つまり、直感は大切にしつつも、それを論理的に説明できるようにするプロセスを繰り返すことが大事なのです。

ビジネスでいうなら、事業化を進める時がまさにそうです。事業化しようと思うと、ひとりでできることは非常に少ないので、仲間にも動いてもらわなければいけません。そこで論理的な思考ができないと、仲間に意図を理解してもらうことは難しいでしょう。

また、仮に人に伝える必要性がなくても、「論理的に説明する」プロセスを繰り返せば「なぜ直感的に良いと感じたのか」を言語化できます。自身の直感をさらに研ぎ澄ませていくことにつながるので、もし直感的にピンとこないようなら、「なぜピンとこないのか?」「なぜ駄目なのか?」と論理的に考えてみてください。そうやって論理的に検証していくことで、「自分の直感ではピンとこなかったのは正しかった」と結論づけることが大切です。

先ほど「なんでも試してみる」の例で挙げたような、「スマホなんて使えない」という直感があったなら、「自分の直感は正しいのだろうか?」と一度立ち止まって論理的に検証してみましょう。その過程で「自分の直感が実は間違っていた」と気づけるかもしれません。自己検証で判断ミスを防ぐことができる習慣を作れば、今までは見逃していた発見も見えてくるはずです。

深い関係性により信頼関係を築ける相手が自分を高めてくれる

自己視点を持つこととあわせて、自己成長に影響を及ぼしやすいのが人間関係です。私は人間関係について、気が合わない人とのつながりは表層的なものと割り切り、気の合う人とは積極的にコミュニケーションを深めていくことを大切にしています。どうしても波長が合わない人や、話していても心から楽しめない人はどうしてもいるものです。学校教育や人生の指南書などでは、「そういう人とこそ真面目に付き合いなさい」と指導されていることも多いですが、実際頑張ってみてもなんとなく気まずい、後味の悪い雰囲気が続いて学びもないままで、進展することはほぼありません。しかし、気が合う人や話がどんどん展開できる人と10回も会えば、話がスピーディに進んでいきます。「そういえばこの間の話って」と言いながら、次の話題へと展開していくのです。

深いコミュニケーションができる人との時間は、会話を進めてお互いをより深く知ることができたり、さらに違った一面を見ることができます。どんなに長く一緒にいても何の学びのない人は、敵に回さないまでも表面的な関係と割り切った方が、気の合う人とコミュニケーションを取る時間が増えます。その方がよほど勉強になりますし、生涯にわたって助け合える、深い信頼関係を築ける相手を得られる可能性も高まるでしょう。

身近な例を挙げると、10年、20年ぶりの大学同窓会に参加すると、当時から気が合っていた人とはすぐ打ち解けて大学時代のように話せます。ですが、気が合わなかった人とは、話そうとしても20年前と同じくぎこちないままになる、という経験をしたことがあるのではないでしょうか。深いレベルで共感している人同士だと、時間的なブランクがあったとしてもすぐに打ち解けることができます。逆に、共感できない相手とは何十時間一緒にいても人間関係は深くなりません。私はこのことに気づいて以来、自分と合わない人に理解してもらおうと思わなくなり、一緒に過ごす時間も無理に確保しなくなったので、精神衛生上も本当に楽になりました。

人間関係においては、深い関係性が築けない相手とのコミュニケーションは自己成長にはつながりません。それに、自分を支えてくれる存在という意味でも、深いコミュニケーションが取れる相手との信頼関係は非常に貴重なものになります。例えば、SNSで大炎上しているような場合でも、そういう人は「誤解されることもあるよ」と励ましてくれます。しかし、浅い関係しか築けない人は、隠れて陰口を言っている可能性もゼロではないので、関係性を保つなら深いコミュニケーションができる味方を持っているべきです。

特に起業家を志している方は、常に順風満帆な人生を送れるわけではありません。だからこそ、苦しい時、逆境に立たされた時に助けてくれるような、深い信頼関係を築いている仲間は大きな助けになります。それに、そういう人はうまくいっている時は自分自身を伸ばしてくれますから、どんな時でも頼りになる心強い存在となるはずです。深い信頼関係にある相手はその関係性自体が自分にとっての資産になりますから、そういった関係はより深く、広げていくことをおすすめします。

「向いている事」が「好きな事」へと変化することで人生のやり甲斐が増す

これまでにお話ししてきたことを踏まえて、最後にお伝えしたいのは「好きな事のために生きる」ということです。「好きな事」といっても、ある程度時間をかけて取り組んでみないと、何が好きかは自分でもなかなかわかりません。ただ、「向いている事のために生きる」と言い換えれば、やってみると案外簡単にわかるものです。「向いている事」とは、つまり「人と同じようにやっても周りより成果が出る」ことを指します。

勉強をイメージするとわかりやすいのですが、クラスメイトと同じように数学を学んでいるのに、なぜか周りより点数が伸びやすい、ということなら数学が向いているといえます。人間は個性の塊ですから、やってみたら人よりうまくできた、ということは珍しくないのです。「やっている時にきついと感じることなく、その仕事をしていると思っていたよりも早く時間が過ぎた」というケースも同様です。

それに、「向いている事」を続けていれば、最初はそれほど好きでなくても必ず「好きな事」へと変わっていきます。なぜなら、「向いている事」はもともと人よりもうまくできるからです。「好きな事は?」と聞かれても「わかりません」と答える人は多いんですが、そういう人は「向いている事」を自覚できていません。なので、まずは自分に向いていると思われるような仕事やジャンルを実際に試してみて、自分から「向いている事」を探してみてください。仕事ならいろいろな業種・職種を経験してみると、いずれは自分に向いている仕事に出会えるでしょう。そこでマッチする職業と出会えたら、「この仕事で生きていこう」と決めれば良いのです。

ちなみに、同じ仕事であっても環境の変化で状況が大きく変わっていくこともあります。私の体験でいうと、もともとテクノロジーに強い興味があってコンピュータが大好きだったのですが、それが仕事と直接的に結びつくとは考えていませんでした。しかし、新卒で入った会社で入社後すぐ、ひとり1台パソコンが支給されることになったのです。

このように、自分が好きなことと仕事とが偶然結びつくこともありますから、少しでも自分に向いているかもしれない、と思ったことには、ぜひ積極的に取り組んでいってください。

取材・執筆:World Academic Journal  編集部