弘前大学 村下公一 教授
弘前大学COIは2つの軸で成功を収めた!健診の始まりからエコシステムの構築、今後の展望まで

「弘前大学COI」は、産学連携における大きな成功事例といわれています。

医療プロジェクトとして3000項目もの健診を18年間も継続し、得られた健康ビッグデータをもとに50以上の企業が商品・サービス開発を行っています。企業からの投資によってエコシステムを構築し、自走できる体制が整っていることも弘前大学COIの特徴です。

今回は弘前大学COI-NEXT拠点長としてプロジェクトを成功へと導いた村下教授に、弘前大学COIと「岩木健康増進プロジェクト」をどのように運営してきたのかお話を伺いました。

インタビューにご協力頂いた方

弘前大学 健康未来イノベーション研究機構長
村下 公一(むらした こういち)

青森県庁、ソニー、東大フェロー等を経て2014年より現職。弘前大学COI拠点では副拠点長(戦略統括)として産学連携マネジメントを総括(現在はCOI-NEXT拠点長(PL))。文科省他政府系委員等多数。内閣府「第1回日本オープンイノベーション大賞」内閣総理大臣賞受賞(2019)。「第7回プラチナ大賞」総務大臣賞受賞(2019)。第9回イノベーションネットアワード・文部科学大臣賞受賞(2020) 。専門:地域産業(イノベーション)政策、社会医学。

「弘前大学COI」とは?プロジェクトの鍵を握るのは健康ビッグデータ

まず最初に弘前大学COIがどのようなプロジェクトなのか、概要を説明します。

COI(Center Of Innovation:センター・オブ・イノベーション)とは、文部科学省・国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)、すなわち国の大型研究開発支援プログラムです。COIでは『10年後の理想とする社会』(将来像)に向けた研究活動に取り組み、得られた成果の社会実装によって大きなイノベーションを起こすことを目指しています。そして、弘前大学は2013年、「COI STREAM(革新的イノベーション創出プログラム)」に採択され、2022年でちょうど10年目を迎えました。

弘前大学COIは産学連携における1つの大きな成功事例、といわれます。

その理由としては、COIが政府のプロジェクトとして初めて、フォアキャストではなくバックキャストを採用していたことが挙げられると思います。一般的に、こういったプロジェクトはフォアキャストの方が圧倒的に多いのです。フォアキャストとは、発表された研究結果に対して、それがどうすれば世の中の役に立つかを考えるスタイルを指します。反対にバックキャストは、社会が将来進むべき未来に向けた最終的なゴールを先に描いておくのです。そして、ゴールに到達するためにはどのような研究が必要で、研究を進めるためにはどの大学や企業の参画が求められるかを考え、成果を評価した上で目標実現のための道筋をさかのぼっていきます。バックキャストは劇的な変化が求められる課題に有効とされているので、すでにバックキャストを導入している企業さんは多いでしょう。今後はフォアキャストよりも、バックキャストが主流になっていく可能性も高いかもしれません。

そして、弘前大学COIが成功事例と呼ばれるようになったのは、プロジェクトの性質的にバックキャストとの相性が良かったことが一因ではないか、と私は考えています。

弘前大学COIでは、

  • 健康ビッグデータを用いた疾患予兆法の開発
  • 予兆因子に基づいた予防法の開発
  • 認知症サポートシステム(意思決定支援)の開発

などの研究を行っていますが、まとめると「超多項目ビッグデータで予兆から予防、行動変容までトータルにイノベーションを起こすこと」が目標です。そのための鍵となるのが、「岩木健康増進プロジェクト」を通して集めてきた超多項目の健康ビッグデータなのです。データは膨大なもので、他に類を見ない非常に優位性の高いものになっています。そして、蓄積してきたデータを分析することで、『10年後の理想とする社会』の実現のために求められるイノベーションも明確化されました。こういった独自の強みこそ、弘前大学COIが成功事例となるに至った1つの理由だと思っています。

健常者を対象とした3000項目のデータが18年分蓄積されている

それでは、続いて「岩木健康増進プロジェクト健診」とは何かをお話していきます。

「岩木健康増進プロジェクト健診」とは、地域住民の健康づくりをサポートするいくつかの仕掛けの総称です。ここでは簡略化して、岩木健診と呼びましょう。岩木健診を始めたのはもう18年も前のことで、弘前大学のある青森県が何十年も日本一の短命県となっていたことがきっかけでした。地元の大学の医学部として、地域住民の健康に貢献したいという思いがあり、中路教授を中心に2005年から岩木健診を始めることにしたのです。

岩木健診の最大の特徴は、超多項目の健康ビッグデータ、しかも病気になっていない健常者のデータを蓄積している点にあります。

従来のビッグデータの場合、通院患者のレセプトや医療画像、いわゆる医療データを指すものがほとんどでした。しかし、岩木健診で蓄えているのは健康な人のデータであり、データの量も3000項目と一般的な健診の100倍です。岩木健診のスタートは2005年なので、今年2022年までに蓄積してきたデータは18年分に及びます。

岩木健診では学生を含む医療従事者が、毎日300人ほどスタッフとして参加してくれています。集中方式で実施することで1日100人以上の検査を10日間連続で行い、毎年1000人以上のデータを取らせてもらうという仕組みです。

協力していただいている住民の方は、20歳から90歳以上の方まで様々です。一般的な健診は30分もかからないことが多いですが、岩木健診だと高齢の方は朝6時から夕方4時まで10時間ほどかかります。若い方でも5時間程度は必要なので、医療従事者だけでなく地域住民の理解・協力あっての岩木健診といえるでしょう。

地域密着の取り組みで形成した住民との厚い信頼関係が健診を支えている

長時間の健診でも地域住民からの理解を得ることができているのは、大学と地域の方々との間に厚い信頼関係があることが理由です。

健康ビッグデータは確かに岩木健診の強みですが、大学側は研究のためのデータ蓄積以上に、地域住民の健康に貢献することを第一の目的としています。そして、地域住民の方々も健診への協力が社会全体の健康づくりに寄与するかもしれない、と思って取り組んでくださっているのです。お互いがWin-Winな関係を構築できていることは、長時間かつ超多項目の健診が実現できた大きな要因といえます。

また、協力していただいている地域住民の方々への感謝の意味でも、年に2回住民向けの報告会を行って健診結果を還元しています。岩木健診が目指すのは地域の方の健康づくりを促進しつつ、社会全体への還元ができるような取り組みですから、地域の方への還元ももちろん活動の一環です。

報告会は大学病院の専門医が協力してくれていて、ブース内では地域の方に検査結果を踏まえたフィードバックを行うとともに、健康相談も受けつけています。本来、最終的な高次医療機関であり、重篤な病気を抱えている方を診ている大学病院の先生と直接お話できる機会は、日常生活の中ではそう得られません。ですが岩木健診なら専門医が一人ひとりに真剣に向き合い、丁寧に寄り添った上でアドバイスをしているので、地域住民の方にとっても健康に関する悩みを相談できる貴重な場になっているようです。実際に、岩木健診で重大な疾患が判明したことで、従来よりも速やかな処置ができた例も存在します。そういった大きな問題以外にも、生活の中で抱えている健康の悩みも気軽に話せることで、より安心感を持っていただけているのではないかと思います。

健診を実施するだけでなく、報告会も行うことで大学病院の医師と地域住民の方との間には確実に信頼関係が生まれています。

この信頼関係こそ、内科的な検査項目のみに限定されない、超多項目の健康ビッグデータ形成の要です。岩木健診を通して私たちが得られた、もうひとつの財産といっても過言ではないでしょう。何らかのデータが欲しいとなった時、大学が研究したいから、というだけで協力を願ってもなかなか理解は得られません。ですが、岩木健診は研究目的自体が地域貢献にあり、得られた協力に対して感謝を持って応える、という姿勢を示し続けています。大学と地域住民の方との相互関係の構築が、プロジェクトを15年以上も継続できている重要なポイントなのです。

今後は「QOL健診」の推進によりウェルビーイングな社会の実現へ

地域住民の方々の協力によって得られた超多項目の健康ビッグデータには、先ほども触れたように内科的な検査項目に限らない多様なデータが含まれています。簡単にいえば、その人の運動機能なども含めた、頭のてっぺんからつま先まで、全身を網羅したデータなのです。

医学研究の生理データでは、一般的に血液や唾液、尿などの分析データが中心になっています。とはいえ、健康には普段の生活や社会経済環境などの外部環境も大きく関わっていて、年齢や遺伝要因のみで判断することは困難です。そのため、岩木健診では遺伝子、すなわちゲノムデータからライフスタイル由来のデータまで包括的に取るようにしています。

例えば、一般的な健診や人間ドックで体力や運動機能の測定をしたことはないと思います。しかし岩木健診では歩く、走る、ジャンプするといったことも健診の内容に含まれています。こうした運動機能の項目は、高齢の方が足腰や骨、筋肉を問題なく動かせているか、年齢ごとの最大値をけがをすることなく引き出せているかをチェックするためのものです。高齢化が進んでいる現代だからこそ、高齢になっても自立的に行動できることは非常に大切なのです。

そして、超多項目の健康ビッグデータを蓄積し続けてきたことが、現在進めている予防医学の研究へとつながっています。

弘前大学COIは健康ビッグデータをもとに、予兆から予防、行動変容までのトータルなイノベーションを起こすことを目指しています。そのためには、やはり病気にならないためにはどうすれば良いのか、を考える必要があるのです。病気の発症予測については、これまでも多くの研究者が取り組んできました。ですが、「あなたは将来的に50%の確率で認知症になるでしょう」「このままだと、80%の確率で糖尿病になるでしょう」と言われたら、皆さんはどうするでしょうか。おそらくほとんどの方が、どうしたら良いかわからない、というところで止まってしまうはずです。現状の予防医学はこのように予測するだけで、行動を促すことまではできていないケースが多いのです。

こうした現状を鑑みると、予測からもう一歩進んだ、行動変容を実現することが今の予防医学に求められているイノベーションといえます。

そのために私たちが次のステップとして取り組んでいるのが、弘前大学COIで得た成果を集約したコンパクト型の健診モデル(行動変容プログラム)「QOL健診」です。QOLとはQuality Of Life(クオリティ・オブ・ライフ)のことで、すなわち「生活の質を上げる健診」を意味します。病気の可能性を減らすにはどのような努力をすれば良いのか、どうすれば改善できるかを健康プランとしてアドバイスすることで、ウェルビーイングな社会の実現を目指しているのです。

今はまだ、方法論が少しずつ見えてきた段階なので、改善に向けての過渡期にあたります。ですが岩木健診のビッグデータには健常者の全身を網羅した情報が詰まっているので、解析によって今までにない発見が得られています。岩木健診のデータを予防医学の基礎的なエビデンスとして活用することで、京都大学の奥野恭史教授を中心としたビッグデータ解析チームと共同で進めている、AIを使った病気の発症予測モデル開発では、約20種類の疾患に対して3年後の発症を高精度で予測できる目処が立つところまできています。

このまま研究を進めていけば、蓄積した情報と技術によってQOL健診で得られたデータをもとに健康プランを作り、その人の状況に応じてカスタマイズすることもできます。そうすれば現在の健康度を高め、病気になる前の早期段階で予防できるようにすることも不可能ではありません。

また、QOL健診と岩木健診の大きな違いとして、健診の時間が2時間ほどとコンパクトにまとまっていることも挙げられます。

QOL健診は「誰でも」「楽しく」「速く」できることを重視していて、検査は「メタボ(メタボリックシンドローム)」「口腔保健」「ロコモ(ロコモティブシンドローム)」「うつ病・認知症」の4つの重要テーマに絞り、約40項目程度だけにしています。一般的な健診では、これらの項目は歯科医院や精神科、神経科などで個別に行わなければいけません。そういった意味でも非常に特徴的な健診といえるのですが、なぜこの4つを選んだかというと、現代ではうつ病や認知能力の検査の重要度が増しているためです。若い人ほど、「自分は認知症かもしれない」とは考えもしません。しかし、プログラムの中にさりげなく入っていれば、検査を通して早期に発見できる確率が上がります。

さらに、検査結果は即日共有され、その場で詳細なフィードバックが行われます。本人が健康に関する気づきを得れば、日常生活の中での目標を立てやすくなり、モチベーションも保ちやすくなります。実際に、QOL健診を通して行動変容に一定の効果が得られることも確認できています。動機付けと行動変容を同時に促し、楽しみながら生活習慣を変えていくという新しい健診モデルがQOL健診なのです。

DX化によって健診のスピードを速めコンパクトにすることが可能に

QOL健診を2時間にまとめるためには、検査項目数を絞るほかに、最先端のデジタル機器の積極的な開発・導入も行いました。

いくつか例を挙げると、名刺入れくらいのサイズの測定機器に掌を載せるとその場で野菜摂取量レベルがわかる機器、嗅覚で認知症判断ができる機器、唾液を検査装置にセットするだけで口内の健康状態がわかる機器、といった具合です。様々な病気の要因となるとされる内臓脂肪も、一般的な検査だとCTが必要で、なかなか気軽には行えませんでした。ですが、ある企業さんがお腹に巻くだけで内臓脂肪がわかるベルトのようなものを開発されて、今ではスマホで正面と横から体を撮るだけで内臓脂肪がほぼ正確にわかるレベルまで進化しています。

これらのデジタル機器は、岩木健診で得られた健康ビッグデータを企業さんの商品・サービス開発に活用していただく過程で生まれたものです。健康ビッグデータは私たち大学でだけ使っているのではなく、地域住民の方や生活者の方の健康づくりに貢献できるよう、長期的な活用を見据えて企業さんと共有しています。そうすることで測定の簡易化や精度の向上にもつながっているので、地域住民の方だけでなく、企業さんともWin-Winな関係が築けているからこその成果といえます。

今後、QOL健診のようなスタイルを全国へ広げていくとなれば、デジタル機器の活用やDX(デジタルトランスフォーメーション)化は欠かせない要素となっていくでしょう。

現在のQOL健診は、従来に比べて進化したとはいえ、あくまでも集合的な健診です。どこかに集まるスタイルでは高齢化が進むごとに難しい面が増えていきますし、コロナ禍で岩木健診を縮小実施した例のように、感染症の流行によって実施ができなくなるリスクは消えません。そのため、将来的には先端技術の駆使によって自宅でも健診と同レベルの結果がわかり、オンライン上でアドバイス・フォローアップの体制が取れる仕組みが必要になると考え、システムの構築に現在取り組んでいるところです。

今開発を進めているのは、DX化によって完全リモートでできる「セルフモニタリング式QOL健診」です。

スマホやスマートウォッチが登場したことで、私たちは自分自身の健康状態をある程度把握できるようになりました。ですが、今の技術だと詳しい健康データまで取ることはできません。ただ将来、技術が進歩して自宅や職場でのセルフモニタリングによって本人が何を食べたか、どんな運動をしたかのデータが取れるようになれば、そのデータをサイバー空間上のアバター(仮想的な分身)に記録することもできるでしょう。そうすれば、データをもとにした健康未来予測AIからリアルタイムにアドバイスを受けられるようになるのです。

現実世界での生活が仮想空間で即座にシミュレーションされ、リアルタイムに本人へとフィードバックされるということは、より長く健康的に過ごすための選択肢を常に持っていられることを意味します。こうした未来的なヘルスケア、健康づくりの世界は遠い未来のことだと思われるかもしれませんが、DXやAIを活用すればヘルスケア分野のデジタルツイン実現は手が届く範囲まできているといえるかもしれません。

それに、DX化が進めばローカルからグローバルへと広げていける可能性も高まります。

私はSDGsの目標3「Good Health and Well-Being(すべての人に健康と福祉を)」や、目標11の「Sustainable Cities and Communities(住み続けられるまちづくりを)」を実現するために、弘前から始まった健康づくりのプロセスを世界へ広げていきたいと考えています。世界的に見ても健康格差は広がり続けていて、特に途上国と先進国との間には大きな差が生まれてしまっているのが現状です。その溝を埋めるためにも、私たちはベトナムでQOL健診を行っています。

将来DX化がさらに進み、健診を完全リモートで実施できるようになれば、いくつか道具を用意するだけで日本から海外の人をフォローアップ可能になるかもしれません。

日本一の短命県で18年間続けてきた岩木健診だからこそ、健康的な支援やサービスがまだ及んでいない途上国にも適用できる部分は多いはずです。弘前で構築した健康づくりのプロセスを全国へ、そして世界へと広げていけば、SDGsの目標に含まれる健康・まちづくりへの貢献になり、地域全体の活性化にもつながると考えています。

自立的にプロジェクトを運営するためにはエコシステムの構築が欠かせない

こうした目標を達成するには、そして長年協力していただいている地域住民の方に今後もしっかりと還元していくには、プロジェクト自走のためのエコシステム構築が求められます。

私がエコシステムの構築のために取り組んだことは、研究に対する信頼性を高めると同時に、積極的に情報発信をしてプロジェクトを認知してもらうことです。岩木健診の実施には膨大な手間と時間がかかりますから、やはり資金も必要になります。しかし、研究資金は弘前大学が単独で出せるものではないため、外部からの資金調達が欠かせないのです。政府系機関の競争的研究資金、つまりはCOIのような形で獲得することも不可能ではありませんが、国の資金援助には期間が設けられているので、数年後には運営が難しくなってしまいます。資金が集められなくなって運営が厳しくなったり、「研究目的を達成したので終わりにします」では、岩木健診のようなプロジェクトは協力していただいている住民の方々に本当の意味での貢献はできません。責任を果たすためにも、やはり自立的かつ持続的に運営できるだけの仕組み、エコシステムの構築をしておくことは大切なのです。

ここでいうエコシステムとは、すなわち公的な資金のみに頼ることなく、自走できるような体制づくりであり、かつここから新たな価値や事業を創出し続けられるような一種の生態系のようなものです。

プロジェクトが自立的に動いていくためには、政府系機関の資金以外に、民間の資金が持続的に入ってくるような仕組みを作らなければいけません。そのために、私は自分の足で企業さんを訪問し、共同研究の提案を行ったりしていました。東大や京大ほどのネームバリューがない地方大学のプロジェクトなので、初期の頃は資金力のある大手企業さんとの連携ができず苦しんでいましたが、風向きが変わったきっかけはCOIで採択されたことです。

政府の大型プロジェクトであるCOIに採択されたので研究資金が一気に潤沢になり、検査項目数を大幅に増やすことでより魅力的なデータ群の構築ができたのです。それにより、研究実績が出揃ってきた頃には政府の第1回「日本オープンイノベーション大賞」で内閣総理大臣賞を受賞できました。ほかにも「イノベーションネットアワード2020」で文部科学大臣賞、「第7回プラチナ大賞」にて総務大臣賞を受賞するなど、政府系のイノベーションアワードを席巻したことが認知度の向上につながりました。

そして、こうした様々なアワードの受賞の間も戦略的な情報発信を行い、マーケティングやブランディングによる社会的認知度の向上に努めていたところ、「弘前がすごいらしい」と噂になったのです。結果として、様々な企業さんから声をかけていただき、多数の企業さんにプロジェクトに加わっていただくことになりました。

ヘルスジャーニーに向けて企業も交えた取り組みが求められる

もうひとつ、研究の信頼性もエコシステムに必要な要素として挙げましたが、信頼性は戦略的な情報発信とも深いつながりがあります。

研究の信頼性を高めるには、大きな成果を出すことももちろん大切です。しかし、個別の研究を深掘りしていくだけでは社会からは認知してもらえません。アカデミアの発表は基本的に学会のみで、企業さんの中でも学会まで足を運ぶのはほとんど研究者だけだからです。そのため、研究の信頼性を高めるにはプロジェクトとして社会に向けて発信し、フィードバックを得ることが重要になります。発信を行えば研究を知ってもらえると同時に、フィードバックをもとに世間のニーズを読み取ることができ、次の研究へのステップとすることもできます。

それに、私が毎週のようにビックサイトやパシフィコ横浜といった大きなステージで講演していたのは、企業さんの中でもお金を動かす方に対してアプローチするためです。学会と違い、大きな講演の場には事業部門や経営戦略部門を統括するような企業トップの方々も足を運んでいます。つまり講演は弘前の知名度を上げ、次に何をするのかという部分にも注目してもらうと同時に、決定権のある方へ直に発信できる貴重かつ重要な機会なのです。

弘前大学COIは、有難いことに民間企業だけで年間5億円ほどの投資を受けています。

皆さんもよく知る大企業さんは、ビックサイトでの講演後に副社長が声をかけてくれたことが投資のきっかけでした。副社長と少しお話ししてみたら後日社長ともお会いすることになり、多忙なスケジュールをすぐさま調整してくれて、2週間後にご本人が私の研究室までお越しになりました。そうしたら、あれよあれよと資金提供についての話が進んで、社長自らその場で投資を決断してくれたのです。

このエピソードは一例に過ぎませんが、情報発信をしてからも受け身でいるのではなく、自主的に行動し続けることが何よりも大切です。その一環として、企業さんたちがお金を出しやすい環境にするために、データを共同で解析できる仕組みの構築も行いました。研究自体にどんなに大きな意義があっても、多くの人から興味・関心を集めなければお金までは出してもらえません。プロジェクトを自走させるには、イメージ戦略だけでも、中身だけでもなく、両輪をしっかり機能させることが重要です。

私たちは、「ヘルスジャーニー(健康物語)」の実現を思い描いてます。

一人ひとりが健康に関心を持ち、行動を変えていけば、人生を楽しみながら健康になれる社会になっていくはずです。

そして、企業さんから見るとヘルスケア分野は今、ビジネスチャンスを迎えているといえます。将来、高齢化が進めば2030年にはヘルスケア分野は年間37兆円規模に到達するといわれています。日本経済を左右するような重要産業になることが予想されるため、健康資本への投資には大きな可能性が秘められているでしょう。

社会全体の健康への興味・関心が高まれば、地域経済も活性化し、産業規模はさらなる発展を見せるかもしれません。ぜひ、ヘルスケア分野の発展に目を向けていただき、自身の健康づくりにも活かしてみてください。

取材・執筆:World Academic Journal  編集部