現代社会において創造力は必要不可欠な能力でありながら、育成に関してはさほどフォーカスされていません。
今後、ますます発展していく社会において、創造力の有無は成功を左右する大きな要素となると考えられます。しかし、創造力はどうやって鍛えればいいのか、どこで育めるものなのかわからない、という方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、CANVASやB Labなどの設立・運営によって創造力を育む場づくりに尽力されてきた、慶應義塾大学の石戸教授にお話を伺いました。
インタビューにご協力頂いた方
慶應義塾大学 大学院メディアデザイン研究科 教授
石戸 奈々子(いしど ななこ)
東京大学工学部卒業後、マサチューセッツ工科大学メディアラボ客員研究員を経て、NPO法人CANVAS、株式会社デジタルえほん、一般社団法人超教育協会等を設立、代表に就任。総務省情報通信審議会委員など省庁の委員やNHK中央放送番組審議会委員を歴任。デジタルサイネージコンソーシアム理事等を兼任。政策・メディア博士。
著書には「子どもの創造力スイッチ!」「賢い子はスマホで何をしているのか」「日本のオンライン教育最前線──アフターコロナの学びを考える」「プログラミング教育ってなに?親が知りたい45のギモン」「デジタル教育宣言」をはじめ、監修としても「マンガでなるほど! 親子で学ぶ プログラミング教育」など多数。これまでに開催したワークショップは 3000回、約60万人の子どもたちが参加。実行委員長をつとめる子ども創作活動の博覧会「ワークショップコレクション」は、2日間で10万人を動員する。デジタルえほん作家&一児の母としても奮闘中。
「無から新たな価値を創造する」ことがイノベーションを生み出す
私はこれまで、一貫して「クリエイティブな場づくり」をテーマとして活動してきました。
その中でも特に力を入れてきたのが、「子どもたちの創造的な学びの場づくり」です。そして、産学官連携で長年尽力する過程で、新たな組織の立ち上げやお声がけいただいたポジション、お仕事に取り組むこともありました。よく「いろいろなことをやっているんですね」と言われますが、先ほどもお話ししたように、取り組んできた活動は、常に「クリエイティブな場づくり」でした。
そもそも、なぜこうした活動を始めたかというと、きっかけは大学時代にさかのぼります。
私は幼い頃から宇宙に関わる仕事をしたいと考えていて、航空宇宙工学を学ぶために大学を選び、工学部へと進学しました。ですが、授業でボストンにある「MITメディアラボ」の話を聞いて強烈に惹かれたことが転機でした。メディアラボに出会った瞬間、10年以上も宇宙関連の仕事に就きたいと強く思っていたのに、私が行くのは宇宙ではなくメディアラボだと直感したのです。
宇宙に対する憧れも、メディアラボに共鳴したのも、未知のものへの好奇心という意味では同じでした。しかし、宇宙に関わる仕事は今ある世界を探求する分野であるのに対し、メディアラボはいまはないデジタルの未来社会を自分たちで創造していく世界です。私は技術の力で、新しい未来社会をつくっていくことに強い魅力を感じ、メディアラボの世界へと飛び込みました。
そして、実際にメディアラボに足を運んで見ると、そこにあったのは理想的な学びの場であり、創造の源泉でした。オープン性とデザイン性を兼ね備えた、何かを閃いたらすぐに実行できる、まるでおもちゃ箱のような環境です。しかも、そこに集まっている人たちは年齢、性別、出身から専門分野までバラバラで、各々が世界一を誇るような専門性を持っていて、彼らによって斬新かつ刺激的なコミュニティが形成されていました。それだけでなく、学生も教授も、世界中から集まっているスポンサー企業も対等な立場で夜通し議論し、連携しながら物事に取り組む関係性が構築されていることにも非常に惹かれました。
メディアラボでは、非常識なことにチャレンジし、新たな価値を創造することに対して最大限の賛美が集まります。イノベーションの源泉とは、そうした場が社会との接点を保ちつつ研究を進めていく中にこそあるのだ、ということを私はメディアラボを通して知ったのです。この経験から、「自分もメディアラボのようなワクワクした学びの場を日本でも創りたい」と思ったことが、メディアラボに関わる全ての活動の始まりです。
150ものワークショップが集まる博覧会イベントで「つくる」体験
ここからは、メディアラボにまつわる活動を紹介しながら、創造力を育む学びについてお話ししていきましょう。まず最初に立ち上げたのは、NPO法人の「CANVAS」です。CANVASは子どもたちの創造的な学びの場を、産学官連携で推進するために作りました。これからの時代に必要な学びとは何か、と考えた時、創造力とコミュニケーション力を育む学びの場です。だからこそ、CANVASは遊びと学びの秘密基地として、主体的かつ協同的、そして創造的な学びを広めていくことを目指しています。
そのために、新しい学びをファッションショーのようなポップさで子どもたちに楽しく伝えたいと考え、毎年ワークショップの博覧会イベントであるワークショップコレクションを開催してきました。分野は造形、音楽、電子工作、ダンス、デジタルまで多岐にわたりますが、いずれも「つくる」ことを大切にしている点は共通です。ワークショップコレクションは、子どもたちに限らず「みんなで何かを創る」ことを大切にしています。そのため、学校の先生、大学関係者、ミュージアム関係者、アーティスト、各種研究者 ・技術者、様々な企業、行政関係者、学生、お父さん、お母さん、 おじいちゃん、おばあちゃん、そして主役の子どもたちも、出展者も来場者も、約1000名のボランテイ ア・スタッフも含め、みんなで1つの空間をつくり上げてきました。
実際にワークショップで行っていることとしては、プログラミングによるデジタルものづくりや、楽器製作をして自分で演奏してみる、粘土で映像をつくるなどです。私たちは一人ひとり好きなことも得意なことも違います。ワークショップコレクションでは150もの多彩な創造活動を用意していますので、1つでも自分の好きなことと出会うきっかけになると良いなと願っています。
ワークショップコレクションの来場者数は開始当初500人ほどでしたが、現在では2日間で10万人以上の子どもたちが遊びにきてくれる企画へと成長しました。そして、仙台、京都、山口、福岡など全国各地に展開しています。CANVASでは「子どもたちが遊びながら夢中になっている時こそ最高の学びが生まれる」と考えているので、ぜひ一度足を運んでいただき、目を輝かせて夢中になっている子どもたちの姿をみて頂ければと思います。
NPO活動を通して50万人の子どもたちに学びを届ける
CANVASは法人格はNPOとしました。もともと、NPO法人を選択したのは産学官を含むあらゆる組織・人と連携し、未来の子どもたちの学びの場を作っていきたいと思っていたためです。「世界中の多様な価値観の人間と協働して新たな価値を創造する力」、すなわちコンピュータでは代わりのきかない力こそが創造力とコミュニケーション力であり、これからの子どもたちにはこれらの能力が欠かせないものになるでしょう。そのためには、学びを現状の記憶暗記型から思考創造型へと変えていく必要がありますが、学校や家庭だけに委ねていては限界があります。ありとあらゆる大人が手を取り合って、実現に向けて進んでいかなければならないと考えたのです。
しかし、活動を始めた当初は主旨が理解されにくく、主な活動場所は学校外でした。
では学校の外で、私たちが実現したい学びのスタイルを子どもたちにも楽しく、わかりやすい形で広めるにはどうすればいいのかを考えて始めたのが先ほどお話ししたワークショップコレクションです。
ほかにも、大学でサマーキャンプ(※)の開催も行ってきました。アメリカでは、ハーバード大学、スタンフォード大学、MITなど、世界的に名の知れた大学が夏休み中、子どもたちに向けてキャンパスを開放しています。その姿勢に感銘を受け、日本でも同様の文化を作れないか、と思案して始めたのがサマーキャンプ開催です。2003年当時、大学キャンパス内で実施したデジタルサマーキャンプは日本初の取り組みだったはずです。
※サマーキャンプ:夏休みに行う野外活動を通じた体験学習。アメリカが発祥とされる。
さらに、地域の子どもたち自身が様々なメディアを利用し、地域情報を発信する支援活動にも取り組んできました。この活動で常に意識していたのは、こうした動きが各地域で自律分散的に、そして持続的に行われるようなコミュニティを形成することでした。
これらの取り組みを続けたことで、CANVASの存在と活動主旨が認知され始めました。ただ、活動開始から8年ほど経過して道のりを振り返ってみると、CANVASの学びを届けることができた子どもたちは50万人しかいなかったのです。日本には1000万人の小中学生がいるのに、8年でたったの1/20にしか満たない人数でした。では、全ての子どもたちに新しい学びの環境を届けるにはどうしたらいいのか、と考えた時にあらためて学校の環境整備が必要不可欠なのだと思い至ったのです。それから、子どもたちの学びを強化するために情報端末が1人1台行き渡るような整備や、デジタル教科書の導入、プログラミング教育必修化などへの働きかけを始めました。
20年間の活動で法律を変え日本の教育はキャッチアップの段階へ
学校の環境整備は、まさに先にお話しした記憶暗記型の学びから、思考創造型の学びへと変化を促すための活動にあたります。プログラミング教育はCANVASを設立した2002年当時から取り組んでいたことで、情報端末1人1台の環境整備もデジタルランドセル構想として2005年には発表していたのですが、本格的に動き始めたのは2010年頃でした。2010年にデジタル教科書推進運動として新しい団体を作った同年、日本政府も2020年までに1人1台情報端末を行き渡らせ、デジタルで学習できる環境を整える方針を示しました。ただ、この運動は政治家をはじめ、企業や学界など様々なところから反対を受けました。
そこで、デジタル教科書の導入に向けた法改正のため、与野党超党派からなる議員連盟を作っていただき、教育情報化を推進する基本法の作成までこぎつけました。予算がついて本格導入されたのは2020年なので、かなり時間はかかりましたが、コロナがある意味で後押しとなってここまできました。
プログラミング教育に関しても、同じ頃にPEGというプロジェクトを立ち上げました。
諸外国がプログラミング教育を必修化している流れを見て、日本でもそろそろ実現できるのではないかと考えたのです。プロジェクトスタート時にはGoogleのエリック・シュミット会長にもお越しいただいて、ほかにも様々なところからたくさんの支援を受けています。
この活動では必修化を目指して1年間で2万5000人の子どもたちにプログラミング教育を届け、1000人の先生方にも研修を実施し、13地域でコミュニティを作るなど、モデルケース作りとノウハウの提供に奔走しました。
20年間の活動によって、ワークショップは全国各地で開かれるようになりました。また、デジタル教科書に関する法整備も進み、プログラミング教育は必修化され、これらに伴う教育情報化推進法の成立や情報端末1人1台の目標も達成できました。時間はかかりましたが、課題と考え提案してきた事柄のほとんどが実現したことは、とても嬉しく思っています。
これまでの活動を通して、公教育の学習環境整備以外に行いたいと感じたこともあります。
それが子どもたちにとっての良質なコンテンツの開発・普及で、そのためにデジタルえほんの活動を始めました。デジタルえほんは、今までにない表現やコミュニケーションを生み出す「ツール」を目指しています。想像力とともに創造力を育み、子どもたちを夢中にさせつつ親も一緒になって楽しめる、新しいデジタル表現としての開拓です。普及のためにデジタルえほんアワードや国際デジタルえほんフェア開催なども行い、現在では世界52ヶ国から参加してもらえるまでになりました。
ITやAIなどの技術革新によって教育の形は岐路を迎えている
様々な活動を経て、現在、注力しているのは「超教育協会」や「B Lab」といった組織の始動です。私が20年かけて行ってきた活動は実現に至りましたが、これだけでは日本社会が世界の教育に追いつくためのスタートラインに立ったに過ぎません。当初の目的である「子どもたちの創造的な学びの場づくり」のためには、ここで満足するのではなく、今の時代にふさわしい最先端の教育環境を整えなければならないのです。
そこで、2018年に31の業界団体とともに設立したのが「超教育協会」です。超教育協会は教育をリデザインし、全ての学習者に向けて従来の学校という枠を取り払った学びの場を提供する、という構想のもと活動しています。具体的には、教育・人材育成に関する社会提案・政策提言、未就学児から社会人まで立場の枠を超えた未来の学習環境のデザイン、AI/IoT/ビッグデータ/VR・AR/ブロックチェーン等先端技術の教育への導入策の検討、ICT教育の推進、EdTechビジネス支援、ICT・AI・IoTプロフェッショナルの育成・確保などです。
AIやブロックチェーンなどSociety5.0を代表する技術には、教科、試験、学校など、学びの内容や環境、評価を根本からくつがえすような大きな変化を起こす可能性が秘められています。AIが発達すれば教科を横断した超個別学習も実現され、そのためのカリキュラム再編成も求められます。そうなれば、検定や学習指導要領の内容や存在を問うことになり得ます。ブロックチェーンで学習履歴を全て蓄積しておけば、試験がいらなくなるため、入試のあり方そのものが大きく変わるかもしれません。こうした変化が起きれば、学年や学校といった教育機関の枠組みを超えた学習環境を構築することが可能になります。学校制度のあり方自体も問うことになり得ます。その変化を起こしてくれるのが超教育であり、アフターコロナ教育なのです。
高等教育もまた、コロナ禍に全てオンライン化され、キャンパスに通わなくても講義を受けられるようになりました。これまでの対面・リアルでの講義を前提に作られてきた規制を一度全て撤廃し、オンライン・デジタル前提で作り直す必要があり、教育DXに向けて今こそそれをすべきではないかと思います。
技術はツールに過ぎませんが、教育は技術の進歩とともに少しずつ変化してきました。活版印刷によって教科書が生まれ、一斉授業という教育手法が確立されました。20世紀に入ると映画やラジオ、テレビといった新メディアが教育に使われ出しました。さらに21世紀になり、ITやAIは社会が求める人材像を変え、それがまた教育を刷新するでしょう。変化している現状を正面から見据え、今後刷新されていく教育がどのようなものなのか、私たちも考え続けなければいけないのです。
あらゆる人と組織が社会を創造する場「B Lab」の発展に向けて
そして、大学の役割である教育ともう1つの研究。それもおもしろい未来を皆でつくる新しいラボ「超研究所」をつくりたいと考え、取り組んでいるのがB Labです。MITメディアラボを訪れた時から、いつか自分でもラボをつくりたいという思いがあり、それがB Labとしてようやく動き出しました。
「B Lab」はBeyond(ビヨンド)、Borderless(ボーダーレス)、Breakthrough(ブレイクスルー)の頭文字を取って名づけました。その由来の通り、世界中の大学・研究所、企業、地域、行政、個人があらゆる枠組みを超えて連携し、組織も個人もつながっておもしろい未来をみんなで共創する参加型プラットフォームです。個人、企業、行政、地域問わずみんながつながって、課題やアイデア、技術、お金、スキル、人をマッチングして、大小問わず様々な創造を行って面白い未来の実現を目指しています。すでに日本国内だけでなく海外にも拠点ができていて、今も多種多様なプロジェクトが進行中です。
B Labが行っているプロジェクトのひとつに、理化学研究所の革新知能統合研究センターと共同研究を行っている「超校歌~AIがつくるみんなの校歌~」というものがあります。校歌は日本特有の学校文化ですが、起源をさかのぼると、もともと校歌の作成は明治政府の教育改革としての価値観や思想統一の一環でした。だからこそ、令和の今、私たちはどのような校歌を選ぶのかを考え、AI技術を使って令和にふさわしい校歌を作ろうとしているのです。
ほかにも、若年層のソーシャルアクションを後押しすることを目的とした超SDGsや、大学の枠を超えたスタートアップ支援を行う超起業学校プロジェクトなど、様々なプロジェクトが動いています。年に1回は「ちょっと先のおもしろい未来(Change Tomorrow。通称:ちょもろー)」というイベントも実施しているので、B Labの活動は今後、さらに活発になっていくでしょう。
私は初めてMITメディアラボを訪れた際、「デジタルの未来社会を描くビジョン」、これを形にするための「産官学の主要プレーヤーを集める求心力」、そして「ビジョンを社会実装するパワフルな行動力」、これら全てに対して強い魅力を感じました。その時の体験から、私はずっと多くの人が集まり、次々と新しいものを生み出していく「場」や「プラットフォーム」を作りたいという気持ちを持っています。今、世界は技術的革新によって、社会が大きく変化する岐路にあります。国内外の研究機関や企業含めて多様な組織と人をつなぎ、新しい社会の構築を行う「場」が必要です。自律分散協調をしつつ、ソーシャルでオープンな参加型プラットフォームを設け、人々の知見や得意なことをひとつにできれば、新たな技術やサービス、コンテンツ、ビジネス、そして社会が生まれていくでしょう。
私はそんな「場」となるようにB Labを成長させていくつもりですが、B Labから生まれるものはノーベル賞を狙うようなプロジェクトに限定されるわけではありません。新しいビジネスを創り出す、という大きな動きだけでなく、日常生活の中にあるひらめきや工夫といった小さな創造も、全てが私たちの扱う研究範囲に含まれます。
大切なのはプロジェクトの規模ではなく、みんなが面白いと思える未来を想像し、新しい社会に向けて一人ひとりが主体的に参加していける「場」となることです。私たちが人生を通して探究心を持ち、社会を創造する一員となり続けることで、MITメディアラボでかつて見たような光景が社会全体で見られるようになるはずです。そのためにも、「B Lab」はイノベーションとインキュベーション、i2(あいじじょう。あいスクエア)を推進する場としてのコミュニティ、ネットワークを拡げていきます。
取材・執筆:World Academic Journal 編集部