早稲田大学 福島淑彦 教授スウェーデンは日本が目指すべき社会の姿!次の時代に向けて経営者が備えるべきこととは?
スウェーデンという国は、日本社会の理想的な姿だといわれています。
それはスウェーデンが「安心・安全でフェアな国」だとされるためです。スウェーデンでは社会の透明性が高く、公正・公平な社会が実現されています。これは、様々な取り組みが世界に先駆けて行われてきた成果といえます。今後は日本も、スウェーデンのように様々な制度を改革していく必要があるでしょう。
そこで今回は早稲田大学の福島教授に、スウェーデンが「安心・安全でフェアな国」といわれるゆえん、及び日本社会がスウェーデンのような社会に近づいたときに備え、各企業が行っておくべきことについてお話を伺いました。
インタビューにご協力頂いた方
早稲田大学 政治経済学術院
教授福島 淑彦(ふくしま よしひこ)
1963 年東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学大学院経済学研究科前期博士課程修了(経済学修士)後、米系投資銀行ソロモン・ブラザーズ・アジア証券会社勤務を経て、2003 年スウェーデン王立ストックホルム大学経済学研究科博士課程修了 (Ph.D.)。名古屋商科大学教授を経て 07 年より現職。
専門は労働経済学。
情報公開を重視し公的文書を誰でも無料で閲覧できる
まず、スウェーデンが「安心・安全でフェアな国」と呼ばれる理由には、主に5つの要素があります。
- 情報公開が進んでおり、公的文書の閲覧が自由にできる
- パーソナル・ナンバーが社会で広く利用されている
- キャッシュレス化が社会全体に浸透している
- ジェンダー平等に関する法律が整っている
- ダイバーシティが進んでいる
まず1つ目の公的文書については、スウェーデンでは政府が「開かれた社会を保証するために情報公開は必要である」という方針を掲げています。そのため、スウェーデンでは今から250年以上も昔に情報公開に関する法律が定められているのです。スウェーデンでは公的文書をいつでも無料で閲覧することが可能で、閲覧にあたって身分証明書なども求められません。
一方で、日本の場合は情報公開請求をするためには手数料が必要で、公開された情報そのものも黒で塗り潰されていて何が書いてあるか確認できない、というケースがよくあります。例えば、森友問題では国有地の払い下げが行われた経緯について世論が活発になりました。ですが、国から公開された文書は個人情報が入っているという理由で黒塗りのまま公開され、塗り潰された部分は結局公開されませんでした。これは本当におかしな話です。国民が納めた税金で働く公務員や政治家が、公的文書に記された自分たちの発言や行動を公明正大に正当化できないから、このようなことが起こるのでしょう。スウェーデンでは、国・自治体の公的文書を国民が自由に閲覧できない、などという状況は考えられません。スウェーデンにおいて公的文書の閲覧が制約されていないことが、「安心・安全でフェアな社会」が実現されている一つの要因だと思います。
パーソナル・ナンバーによる個人情報がオープンに扱われている
2つ目は、「パーソナル・ナンバー」に対する国民全体の意識です。パーソナル・ナンバーとは、日本でいう「マイナンバー」のような個人番号です。パーソナル・ナンバーには生年月日や性別、血液型、家族構成、住所、資産状況など、あらゆる情報が紐付けされているのですが、それらの情報の多くは一般公開されていて、国民がいつでもアクセス可能になっています。
個人情報がオープンになっていることで、例えば煽り運転をされた時でも、ナンバープレートから簡単に相手の車の所有者を突き止めることができます。日本では情報公開がされていないので警察に行くことになりますが、よほど悪質なケースでない限り、「個人情報なので教えられない」と言われ、警察は捜査にも乗り出しません。
日本では保険証とマイナンバーカードの紐付けを全国民に義務化すると表明した際、情報漏えいのリスクが高いという声が各所で挙がりました。しかし、個人情報がオープンなスウェーデンで特に窃盗罪のような犯罪が多発しているか、といえばそんなことはありません。日本では未だ現金主義が色濃く残っているので、いわゆるタンス預金のように現金を家の中に蓄えている方が多くいます。その場合には、個人情報をオープンにすることで窃盗被害が増える可能性もありますが、スウェーデンではキャッシュレス決済が浸透しているので、自宅にある現金を狙った窃盗被害が発生する頻度はきわめて低いです。
個人情報に関して、日本では個人情報とは守らなければならないもの、という意識が強いですが、スウェーデンでは個人情報とはオープンなものである、という共通認識があります。日常生活を送る際に、個人情報がオープンであっても誰も困らない社会ができているのです。
キャッシュレス化により公平な納税と補助金支給を実現している
3つ目は、先ほど挙げたようにスウェーデンではキャッシュレス決済が浸透しているため、税申告を誤魔化すことが困難な仕組みになっていることです。キャッシュレス決済はデジタルで記録が残るので、国や自治体が正確に税金の徴収をすることができます。例えば、店舗に設置義務のあるレジスターはオンラインで税務署とつながっていて、出入金記録は全て税務署へ送信されています。パーソナル・ナンバーによって税務署が国民の給与や資産を正確に把握できることも相まって、税金を漏れなく徴収できる仕組みが整えられているのです。
ここまで管理が徹底されていても、店舗側にとってはキャッシュレス化によるメリットの方が大きい状況になっています。なぜなら、支払いに現金を使うとお釣りのために紙幣やコインを用意しておく必要がありますし、売上等も毎日計算しなければなりません。ですが、キャッシュレス決済ならそういった手間が不要になります。銀行口座と携帯電話番号が紐付けされたSwish(スウィッシュ)という決済方法が浸透しているので、多くの銀行でも現金の取り扱いをやめています。
しかも、パーソナル・ナンバーによって国や自治体は個人の経済状況がわかるので、助成金や補助金の支給が迅速に行われる体制も整っています。パーソナル・ナンバーがオープンに扱われ、さらにキャッシュレス化が進んだことで、納税に関する公平性が高まっているのです。スウェーデンにおいてャッシュレス決済が浸透していることは、徴税や補助金の面でもプラスに働いているといえます。
ジェンダー平等社会のために具体的な法整備を行っている
4つ目は、ジェンダーによる差別がないことです。ジェンダー平等の社会を実現するためには、「女性の経済的自立」が欠かせません。スウェーデンでは今から50年も前の1970年代にジェンダーに関する3つの大きな改革が行われました。それは、「配偶者分離課税方式(個人課税方式)」、「公立保育所の充実」、「男女間で差のない有休育児休業制度」です。
「配偶者分離課税方式(個人課税方式)」は1971年、第二次世界大戦以降に問題となっていた労働力不足解消のために導入された制度です。課税対象を世帯ではなく個人にしたことで、女性の労働参加が促されました。所得課税の累進度が高いスウェーデンでは、夫婦(世帯)の合計所得に対して課税する制度では、所得の高い夫を持つ女性によって働くインセンティブは高くありませんでした。個人の所得に課税する制度ですと、夫の所得水準が高い場合でも女性の就労インセンティブが高くなり、女性の社会進出が促されたのです。
加えて、女性の労働参加にあたって絶対に必要となる「公立保育所の充実」も実施されました。現在、スウェーデンでは保育所の利用希望が申請された場合、4ヶ月以内に保育所を用意しなければならない、と法律に明記されています。保育所の割り当ての優先順位についても、失業中で求職活動を行っている人が最も高いです。つまり、子どもを預かってもらわないと一番困る人から優先的に保育所が紹介されることになっています。
「男女間で差のない有休育児休業制度」は、1974年に世界で初めて導入された制度です。スウェーデンでは性別問わず有給の育休を取得できるようになっていて、男性が育児休業を取得する比率が増えたことで、女性の労働参加率が大幅に上昇しました。
もちろん、スウェーデンでジェンダーレス社会を促進した制度はほかにもあります。ただ、女性の労働参加によってジェンダー差別のない社会の実現を促した制度としては、今挙げた3つが最も特徴的な改革といえます。
ダイバーシティの実現に向けて50年以上も取り組みを続けている
5つ目は、男女格差が少なくダイバーシティが進んでいることです。第二次世界大戦前まで、スウェーデンは食糧難などの事情もあって、国外へと移住する人が大勢いました。しかし戦後の1960年代には逆に就労のためにスウェーデンへ移住してくる人が増え、1970年代以降は難民の移民者が増加し続けています。こうした状況を受けて、1990年代以降に差別法および差別オンブズマン制度の制定が行われました。
さらに、LGBTに関連する法律もスウェーデンは世界的な先駆者といえます。1972年、スウェーデンでは性別識別法が制定されました。これはジェンダー(性別)の変更を合法的に認めるもので、当時世界初の法律です。加えて、性的指向についての差別を犯罪とする法律や、同性カップルの養子縁組を認める法律なども制定され、積極的に法整備が進められました。
これらの法制度は、スウェーデンにおいてマイノリティへの差別が厳しく禁止されていることを象徴しています。そして、法整備によって社会全体が差別に対して厳しい目を持つようになったのです。その一例が、障がい者の雇用です。スウェーデン全体の雇用者に占める雇用障がい者の割合は日本を大幅に超えるものとなっています。同性愛に対する寛容度を示す指数による国際比較でも、スウェーデンは日本の1.6倍の高い水準にあります。スウェーデンのダイバーシティが進んでいる背景には、法律などで明確なルールを設け、差別に対して厳格に向き合っている点が大きいと思います。
マイナンバーカード活用や配偶者分離課税は進展していくと考えられる
これまでに挙げてきたスウェーデンの施策のうち、日本が今後実施できると思われるものは2つあります。ひとつは、先ほども触れた全国民に対するマイナンバーカードと保険証の紐付け義務化です。厳密にはスウェーデンのパーソナル・ナンバー制度の一部ですが、現状、日本では保険証に関わる一連の作業や手続き業務が煩雑化してしまっています。しかし、マイナンバーカードを通して国が情報を一括管理し、業務をスマートにできれば、国民一人ひとりに対しても正確かつ適切な対応ができるようになるでしょう。スウェーデンの例を見ても、高額医療費の確認を病院や薬局で行えるといったメリットがあるため、実現可能性は高いと考えられます。
もうひとつは、配偶者分離課税方式の採用です。日本で女性の社会進出がなかなか進まない要因に、配偶者控除を伴う夫婦合算課税方式が挙げられます。実は、かつてはスウェーデンでも夫婦合算課税方式を採用していました。しかし、所得課税の累進度が高かったために、夫婦合算で課税すると所得の高い夫を持つ女性は外で働くインセンティブが低くなってしまっていたのです。そこで分離課税方式を採用し、税引き後の夫婦の合計所得が大きくなるように整備を行いました。また、日本では子ども手当に対して所得制限を設けていますが、スウェーデンでは親の所得水準に関係なく子どものいる家庭に対して一律に手当が出ます。こうすることで、女性の働き渋りも減っていくと考えます。
女性の労働力を重視していくなら、日本でもジェンダー政策の一環で雇用機会の増加や賃金格差の是正に取り組むことが欠かせません。中でも重要度が高いのは、育児休業をより取得しやすくすることです。育児休業の取得可能期間にもっと幅を持たせる、企業でも育児休業制度活用が推進されるよう、国からの助成金や補助金による支援を行う、なども施策が必要となります。
障がい者雇用に関しても、過去には事業者によって障がい者雇用者数の水増しが行われた事例がありました。スウェーデンでは障がい者雇用を促す国営会社などもあるため、こうしたケースを参考に、日本でも障がい者雇用の仕組みに対する新しい環境作りを初めとした制度の見直しが必要です。障がい者雇用を促進することで、労働力不足の問題解決にもつながっていくでしょう。
企業もジョブ型雇用や障がい者雇用に向けて積極的に動くべき
今後、日本が労働市場においてスウェーデンのようなジェンダー平等な社会へと近づいていく上で、企業が早期に実装に取り組んでおくべき制度としてジョブ型雇用が挙げられます。
ジョブ型雇用にすれば、スペシャリストとしての就職や転職ができるようになります。自分自身の働き方を仮に経理のスペシャリストとすれば同じ経理職への転職をしやすくなりますし、女性も産休や育休で一時的に仕事を離れても、スペシャリストとしてのスキルはすでに身につけているので復帰が容易になります。企業側も、ジョブ型雇用を採用することで成果給制度の導入を進めやすくなるでしょう。もちろん、成果給制度が適用できない職種もあるため雇用者全体には当てはまりませんが、成果給制度で従業員の働きに応じた給与支払いができるようになれば、お互いにWin-Winの関係を築くことができます。
実際に、スウェーデンの代表的企業であり、日本にも進出しているIKEA(イケア)はすでにジョブ型雇用を行っています。IKEAでは男女同一賃金、機会均等、女性管理職雇用など、ジェンダー政策における重要なポイントを押さえた企業運営がなされているので、日本企業としても参考にできる事例だと思います。
また、スウェーデンのメガバンクでは社内でのハラスメントや差別、いじめが発生した際の行動方法も含めたポリシーや手順、ガイドラインが定められています。防止はもとより、問題が起きた場合の対処方法までもが明記されているのです。ジョブ型雇用を進めるにあたっては、ダイバーシティの実現という観点からしても、ジェンダー平等に向けた取り組みは必要不可欠です。日本企業でも近い将来、ジェンダー対策が企業運営にあたって重要なポイントとなっていくでしょう。
また、障がい者雇用に関しても、障がい者でもできる業務をこれまで以上に考えていくことが求められます。スウェーデンには障害者のみを雇用する国営会社が存在しますが、民間企業や大学などが業務を切り出して積極的に障害者を雇用しています。切り出された業務の例を挙げると、清掃サービス、洗濯サービス、マンションの植栽の管理業務、建物入り口での受付対応、電話応対などがそうです。スウェーデンでは労働者人口の約1割が障がいを有する労働者です。日本で問題になっている人手不足解消にあたっては、障がいを有する労働者は注目すべき労働力になるはずです。
関連書籍
「スウェーデンのフェアと幸福」(早稲田新書)紀伊国屋書店, 楽天ブックス, amazon
取材・執筆:World Academic Journal 編集部