東京都立大学 吉羽要直 教授
許容リスクから考えない投資は危険

巷では投資に関する商品・手法が溢れていますが、これらを選ぶ際にまず気になるのは「どれほどのリターンが期待できるか」ということではないでしょうか。ですが、投資のリターンというのは「まずリスクから考えて初めて期待すべき」と言われています。

これは、投資初心者の方・投資で失敗が続いてしまっているという方にこそ意識しておいていただきたいところ。そこで今回、投資のリスク・リターンに対する考え方について、金融リスク管理をご専門とされる東京都立大学の吉羽要直先生にインタビューさせていただきました。

インタビューにご協力頂いた方

東京都立大学 大学院経営学研究科 教授
吉羽 要直(よしば としなお)

東京大学大学院工学系研究科修了(工学修士)、総合研究大学院大学博士(統計科学)。
日本銀行金融研究 所ファイナンス研究グループ長、金融機構局企画役等を経て、現職。

投資では許容リスクを考えて初めてリターンを期待すべき

投資を続けていくために大切なのは、まず「どれほどのリスクが許容できるのか」から考えることです。投資初心者・投資で上手くいかない方は、投資対象を選ぶとき、まずリターンに着目することが多いかと思います。ですが、大きなリターンが期待できるということは、その分リスクも大きく背負っているという事実をまず頭に叩き込みましょう。

ファイナンス理論のベースは「裁定機会はない」つまり「濡れ手で粟の状況は存在しない」ということです。もし仮に、リスクをほとんど負うことなく、かつ限りなく儲かる可能性の高い裁定機会があったとしましょう。すると大多数の人よりもその状況をいち早く見つけた一部の投資家たちは、そこへ一斉に集中投資を行います。これによりその絶好の裁定機会は一気に消滅してしまうため、その他大勢の投資家たちには絶好の裁定機会を手にすることはできないのです。要するに多額の利益、つまり安全利子率を大きく超えるリターンを得ようとするならば、それなりのリスクを追わなければならないということです。例えば、安全利子率の高い資産運用の一つとしては銀行預金が当てはまります。銀行の預金金利は多くの方にとって決して満足できるリターン水準ではないでしょうから、より多くのリターンを求めるならばやはり他の金融商品などへ投資をして、リスクを取る必要がありますね。

そもそも投資におけるパフォーマンスというのは、リターンだけを見て判断するものではありません。負ったリスクに対してどれだけ多くのリターンが得られたかで測ります。企業が投資を行うときのパフォーマンスは、一般的には資本対比のリターン(RAROC:Risk-Adjusted Return on Capital)で測ります。というのも、企業が投資を行う時はリスクに対して資本(capital)を持つのが原則だからです。つまり、企業は投資を行うとき、リスクに応じて資金配分を考える必要があると言えるでしょう。また、一般企業だけでなく金融機関においてもリスクアペタイトフレームワークというリスク管理の枠組みが謳われるようになりました。したがって、個人投資家の方々も許容できるリスクを考慮した上で、期待できるリターンを考えて投資した方が良いですね。

投資でまず意識すべきは信用リスク

投資のパフォーマンスにおけるリスク・リターンについての考え方はご理解いただけたかと思いますが、続いて具体的なリスクの種類について話します。リスクの種類は一般的に「信用リスク」「価格変動リスク」「為替変動リスク」「金利変動リスク」「流動性リスク」「カントリーリスク」の6つです。どのリスクを考慮して投資すべきかは、一概にはいえません。というのも、個々人の投資スタイルに依るからです。

例えば、債券への投資を時価会計で行うと、金利変動リスクは上がります。しかし倒産等の信用リスクがほぼない企業銘柄なら満期まで保有しても問題ないでしょうから、その場合は元本・利息が保証されるため金利変動リスクはそれほど気にしなくて良いでしょう。同じく為替変動リスクについても、どれほど気にしたら良いのかは時と場合に依ります。例えば、外貨建債券へ円安のときに投資した後、円高のタイミングで償還されたとします。その状態で外貨を円に両替すれば為替変動リスクを負いますが、個人投資家の場合は円安になってから外貨を円に両替できますので、為替変動リスクは少なくなります。

ただ、自分なりの投資手法がまだ確立できていない初心者の方は、まず信用リスクから着目してみてください。つまり、投資した企業が倒産して、投資資金を失ってしまうリスクをまず考えましょう。本来、リターンとは期待損益のことで、リスクとは損益のブレのことを意味します。信用リスクには「リターンのうち期待損失に相当する部分」と「損失のブレ」に相当する部分を含んでいますが、特に意識した方が良いのは「期待損失の部分」、すなわち損失の見込み額を把握することです。利回りが高い商品というのは、その分大きな期待損失が見込まれます。ですから、利回りには信用コストが含まれているということを理解しておいた方が良いですね。先ほど申し上げたように、ファイナンス理論では「濡れ手で粟の状況は存在しない」わけですから、利回りが高い商品に投資できる機会があったとすれば、その商品にはそれ相応のリスクが潜んでいると考えましょう。

ちなみに、6つのリスクの一つであるカントリーリスクとは、国の信用リスク、つまり国の破綻リスクのことです。ですから、国債の金利が高い国は、破綻リスクも高いということです。そして、破綻リスクを覚悟の上で金利の高い企業・国へ投資を行うときは、流動性リスクにも着目しておきましょう。流動性リスクとは、保有している商品が売りたいタイミングで売れず、そうこうしているうちに大きく価値が下がってしまうリスクのことです。流動性リスクが高い商品へ投資した場合、企業・国が破綻すると購入者たちが一斉に売却しようとするため、売ることができなくなる可能性が高いので注意してください。ここまで説明させていただいた通り、多くのリスクは信用リスクから派生しています。したがって、初心者は投資を検討している商品に対して、まず信用リスクをよく見定めることが大切ですね。

リスクヘッジなら分散投資だが資産の相関性に注意

繰り返しになりますが、金利が高い商品というのはそれなりのリスクを孕んでいます。とはいえ、リスクを覚悟の上で高金利商品へ投資するとしても、投資初心者などはリスクを抑えた投資を行うべきでしょう。ではどうすれば良いのかというと、価格変動の相関が負、あるいは低い資産への分散投資が有効です。これは、例えば「AとBの資産に分散投資するとき、Aの価値が下がるときにBの資産の価値が上がる傾向がある」というような複数資産へ投資する方法です。つまり、損益が逆の値動きをする資産同士をいくつか選んで分散投資すれば、その資産の中にハイリスクな高金利商品を含んでいたとしても、保有商品全体としてはリスクを軽減させた投資を行うことができるのです。

そこでポイントになってくるのが、「相関性が低い」つまり損益が逆の動きをする資産の見極め方です。もしこれを見誤り、損益が同じ値動きをする資産に投資してしまうと、場合によっては多大な損失を被ってしまうでしょう。各資産同士の相関性が低いかどうかは、過去の変動から標本相関を算出して判断します。というのも、過去データで相関性が低かった資産の組み合わせは、将来も同様であると考えられるからです。

ただし、相関性が低い資産の組み合わせであったとしても、時期によっては相関性が高くなってしまうこともあります。例えば、欧州債務危機における株価変動と債券価格変動では、従来データでは相関性が低かったはずの資産の組み合わせでも、高い相関性を示すものが見受けられる傾向にありました。これは、そもそも資産価格には、価格変動性を示すボラティリティが高い時期が続く「ボラティリティ・クラスタリング」という特徴があるからです。

こうしたイレギュラーケースがあるにしても、基本的に分散投資をする場合は「相関性の低い資産の組み合わせになっているのか」を十分に考えて行いましょう。

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東京都立大学大学院経営学研究科ファイナンスプログラム

吉羽教授は、東京都立大学大学院経営学研究科のファイナンスプログラムで大学院の学生の指導に当たっておられます。このプログラムは、東京都の成長戦略の一環として、グローバルに活躍できる高度金融専門人材を養成するために2016年4月から開設されたプログラムです。金融機関等での勤務経験がある実務家の皆さまや、金融機関の投資運用部門等への就職を希望する四年制大学卒業生の皆さまを対象に、世界的な金融都市の中で中核となって活躍できる金融専門人材を養成するプログラムです。4月入学が原則ですが、9月と2月の2回、書類提出と口頭試問による入試を行っています。皆さまの積極的な受験をお待ちしております。

東京都立大学金融工学研究センター

吉羽教授の所属するファイナンスプログラムでは、ファイナンスに関する最先端の研究を進めるため、金融工学研究センターを併設し、金融に興味のある実務家を対象とした東京ファイナンスフォーラムと呼ばれるセミナーやファイナンスの研究者を対象とした丸の内QFセミナーを随時開催しているほか、年1回程度、最先端の金融実務に関連したシンポジウムや研究ワークショップを無料で開催しています。特に、東京ファイナンスフォーラムやシンポジウムは金融に興味を持つ方を広く対象としていますので、皆さまの積極的なご参加をお待ちしております。

統計数理研究所リスク解析戦略研究センター

吉羽教授は、2006年に大学共同利用機関である統計数理研究所の中でリスク解析戦略研究センターが発足した当初から客員教員として、統計学の側面から金融リスクの研究を進めていらっしゃいます。主な研究対象は変量間の接合関数(コピュラ)です。多資産の投資を行う場合、価格変動間の相関に注意する必要があると上記記事にて申し上げましたが、「相関」という概念は資産価格が上昇している、あるいは、下落しているといった状況に依らない指標です。接合関数は、相関の概念を一般化して、資産価格が下落している場合に相関が強まりやすいといった関係性を関数として表現できるものです。金融機関のリスク管理でも様々な形で用いられており、統計学界では、多変量確率分布を扱う際の標準的な概念として注目されています。「接合関数(コピュラ)理論の新展開」という共同研究集会を企画・開催しています。

取材・執筆:World Academic Journal  編集部