早稲田大学 入山章栄教授 大分大学 加納拡和准教授
集積地の人と情報がスタートアップを成功へと導く

スタートアップの成功率は、一説には10%に満たないといわれています。

起業家を志す方にとって、この数字こそが高いハードルに違いありません。そこで注目したいのがスタートアップの立地で、実は多くのスタートアップは特定の地域に集中しており、成否に大きく絡む要素が存在することも研究からわかってきています。

そこで今回は、「日本の都市型スタートアップ企業の立地戦略に関する大規模データ分析による解明」について研究されている、早稲田大学の入山章栄先生、大分大学の加納拡和先生にインタビューしました。

インタビューにご協力頂いた方

早稲田大学 大学院経営管理研究科/ビジネススクール 教授
入山 章栄(いりやま あきえ)

慶應義塾大学卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所でコンサルティング業務に従事後、2008 年 米ピッツバーグ大学経営大学院より Ph.D.(博士号)取得。

同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。 2013 年より早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール准教授。 2019 年より教授。専門は経営学。国際的な主要経営学術誌に論文を多数発表。メディアでも活発な情報発信を行っている。

インタビューにご協力頂いた方

大分大学 経済学部 准教授
加納 拡和(かのう ひろかず)

1987年生まれ。大分県出身。2010年に立命館大学政策科学部を卒業後、2021年に早稲田大学より博士号(商学)を取得。アビームコンサルティング株式会社でコンサルティング業務に従事後、2018年に大分大学経済学部に講師として着任。2021年より准教授。専門は国際経営論、企業家論。International Business Reviewなどの国際学術誌に論文を発表している。

スタートアップの成否は立地条件によって大きく左右される

入山先生:まず結論からいうと、スタートアップの成功には立地条件が大きく影響します。

スタートアップに限定していうと、ブランドイメージや財務基盤はまだあまり関係のない話です。しかし、特定の地域にオフィスを構えることで「情報」を集めやすくなる、というメリットがあるのです。

もともと、スタートアップの立地についてはコロナ以前からアメリカで頻繁に研究されていました。研究結果では、スタートアップは特定地域の狭いゾーンの中に密集していることがわかっていて、アメリカに限らず世界共通での特徴ということも明らかになっています。アメリカのスタートアップの著名な研究者である、ハーバード大学教授ポール・ゴンパース氏とジョシュ・ラーナー氏によると、アメリカでは各スタートアップ・ベンチャーキャピタルの相互距離は平均で59マイル(約95km)しかないそうです。アメリカほどの国土があって95kmは非常に近く、日本に置き換えるならさらに短い距離になります。

実際、日本ではスタートアップの約7割が東京都内に本社を構えていて、さらに都内の中でも特定ゾーンに集中していることが今回、私たちの研究でわかりました。例えば、渋谷区は23区の中でも最もスタートアップが多い地域なのですが、立地を見ると渋谷二丁目・三丁目、桜丘町、道玄坂一丁目などに密集しています。こうしてスタートアップが狭いゾーンに集中していると、物理的な距離が近いことで自社にとって有益な情報を得やすくなります。スタートアップが成功するためにはライバル企業や顧客、投資家など、あらゆるステークホルダーと密にコミュニケーションを取り、飛び交う情報に対して常に耳を澄ませておく必要があるため、立地条件が成功を左右するといっても過言ではないのです。

加納先生:今、入山先生が仰ったお話は、学問的には「知識のスピルオーバー(spillover:漏出効果、拡散効果)」または「知識の波及」というものです。

ある先行研究では、スピルオーバーは対面によるコミュニケーションに依存していて、効果が維持できる物理的な距離はおよそ5マイル、つまり8~9km程度までといわれています。それ以上物理的距離が離れてしまうと、スピルオーバーの効果が減少することが実証されています。

さらに、スタートアップが密集する地域には、投資家や金融機関といったスタートアップを補完するアクターも自然と集まります。補完的ファクターの存在が新たなスタートアップを誘い、多くのスタートアップが集まるほどに投資家や金融機関も増える、という好循環でシリコンバレーや渋谷はスタートアップの集積地になっているのです。

オンラインコミュニケーションで得られる情報には限りがある

入山先生:コロナショックに伴ってZoomなどのオンラインコミュニケーションを行うことも増えましたが、今後もスタートアップにおける立地条件の優位性は変わらないと私は考えています。

ビジネスにおいて、本当に有益な話はオンラインでは展開しにくいものもあります。私の経験上、やはり直接会って話したり、食事をしたり、飲んだり、カンファレンスに集まるといった状況の時、つまり対面でコミュニケーションを取っている時こそ有益な情報が絡む会話になることが多いです。例えば、事業機会の話や解雇・採用に関する人事の話題などは、オンラインコミュニケーションではほとんど出てきません。

私が以前参加したスタートアップのモーニング研修では、ビジネスの各界トップである経営者が集まり、食事をしながらビジネス上の重要な議論が交わされていました。コロナ禍でもこうしたオフラインでの研修は日本中で開催されていたので、今後はより低いハードルで参加できるようになるでしょう。ただ以前、こうした研修でたまに顔を合わせるメンバーに会った時、もっと研修に参加しようと誘ったことがあったのですが、彼は地方に拠点があるので東京にはなかなか足を伸ばせない、と言われたことがありました。もし彼がスタートアップの集まる渋谷や五反田にオフィスを構えていれば、もっと頻繁に研修や会合に参加できていたかもしれません。

人に会わなければ手に入らない情報をもとにビジネスを進めることが、スタートアップで成功する秘訣です。ネットでほとんどの情報を得られる今の時代だからこそ、ビジネスにおいて本当に重要な情報はオフラインでのコミュニケーションでしか得られないのです。

コミュニケーションの質で信頼関係の築きやすさは変わる

入山先生:対面でのコミュニケーションで重要な情報が出てくるのは、やはり相手との信頼関係が築きやすいためです。

信頼関係の醸成はスタートアップで成功するためには欠かせない要素で、資金が少ない中でいかに他者からサポートを得るか、となった時には信頼が物を言います。私はその方面の専門家ではないので、あくまでも個人的な考えになりますが、信頼関係の醸成を促進するなら、五感のうち「味覚、嗅覚、触覚」が介在するコミュニケーションがおすすめです。以前、以前、京都大学の山極総長と対談させていただいた時に、「コミュニケーションの根本には味覚・嗅覚・触覚が関係している」と山極総長が仰っていました。山極先生はオランウータンやゴリラの研究をされている方で、オランウータンやゴリラは「味覚・嗅覚・触覚」を使って信頼関係の形成を行うそうです。おしりの匂いを嗅いだり、毛繕いをするのも味覚、嗅覚、触覚を使ったコミュニケーションです。人間も同じ霊長類なので、同様に「味覚・嗅覚・触覚」が介在するコミュニケーションならば、より信頼関係を醸成しやすいのでは、と思います。

例えば、環境の異なる場所へと積極的に出向くことは触覚にあたりますし、対面で食事をすることは味覚や嗅覚に当てはまります。ちょっとした成功を収めた小金持ちの起業家だと、軽井沢や鎌倉に別荘を持ってみんなで会っていることも多いようです。私もたまたま軽井沢に拠点があるので、近所に起業家や有名企業のCEOまで様々な人が住んでいるのですが、誰かがガーデンパーティーを開いて各業界の情報交換や起業ネタを交わす、といったやり取りが活発に展開されています。ほかにも和歌山・南紀白浜・宮崎・十勝など、東京以外にも対面で顔を合わせて何かをすることが積極的に行われているのです。このように、実際に会って「味覚・嗅覚・触覚」を誰かと共有し、体感する機会を得ることは信頼関係を醸成するためには非常に大切です。

加納先生:私もスタートアップ経営者は自主的に対面での会合に参加して、ステークホルダーとの信頼関係を構築することにできるだけ多くのリソースを割くべきだと思います。

創業間もない時期というのは、スタートアップはどうしても実績が不足していますし、主軸となるような製品・サービスがない場合も珍しくありません。そうなると、スタートアップが売り込めるのは経営者の「人となり」になるのです。

先行研究でもベンチャーキャピタルが創業初期のスタートアップに投資する場合、起業家の熱意や覚悟、親近感を判断材料としていることがわかっています。しかし、人となりはオンラインコミュニケーションでは伝わりにくい要素です。だからこそ、スタートアップの経営者は対面を重視し、あらゆる感覚を用いて自身の人間性を伝える必要があるでしょう。

今後も東京はスタートアップ集積地であり続ける可能性が高い

入山先生:スタートアップ集積地になる前のシリコンバレーや渋谷にスタートアップが集まり始めたのは、「そこにいる人に会うため」です。

特定の場所に非常に魅力的な起業家や経営者がいるとなれば、その人に会うために各地から多種多様な面白い人たちが集まってきます。すると、今度はその人たちに会いたくて、もっと幅広いバックグラウンドや特徴を持った人たちも集まります。つまり、スタートアップの集積地は人が人を呼び、雪だるま式に増えることで形成されるものなのです。

私の知人で、シリコンバレーのサンドヒルロード横に拠点を構えるWiLというVCの代表をやっている伊佐山さんという方は、「仕事でどうしてもわからないことがあったらどうしているんですか」と聞いたら「近所のスタバに行く」と言っていました。シリコンバレーのサンドヒルロード周辺には、セコイア、クライナー、タイガーなどの超一流VCが乱立しています。そのため、そこから出資を受けているスタートアップも集中しています。サンドヒルロード近辺のスタバには大物起業家も含め、こうした超一流メンバーがよく足を運ぶ店舗もあるので、スタバに行けば大体知り合いがいて相談するとすぐに意見をもらうことができ、問題解決につながるのだとか。頼れるビジネス観を持つ人を求めて特定の場所へ行く、という考え方がスタートアップ界隈には根付いているので、それが連鎖を起こして集積地が誕生するわけです。

私は常々、東京の一極集中はそれほど簡単には止まらない、と言っています。なぜなら日本で最も多種多様な人材が集まっているのが東京なので、「◯◯さんに会いたい」と思っている人は、大抵は東京へ行くことになるためです。そう考えると、やはり日本でスタートアップを始めるなら東京を選ぶのが最も成功する確率は高くなるでしょう。

インフラが整っていることも集積地には欠かせない

入山先生:加えて、スタートアップ集積地には五感を刺激するようなインフラが整っていることも特徴です。

まだ研究段階ではあるものの、クラブやバー、パブ、スナックなどの店舗があると五感が介在するコミュニケーションになりやすいと考えられます。六本木の泡バーという施設で各企業のトップが集まって飲んでいるように、人が集まる場所はやはり楽しめること、コミュニケーションを通して信頼関係を築ける空間であることが求められるのでしょう。こうしたインフラが充実しているのはやはり東京ですが、近年は地方も注目され始めています。例えば十勝では起業家の交流方法はサウナで、汗を流して五感を刺激する施設ですから、効果的なコミュニケーションといえます。

加納先生:都市経済学に関する著名な研究者、リチャード・フロリダ氏も同様のことを仰っていました。

彼は、起業家などのクリエイティブな人材を集めるためには文化的アメニティ(amenity:快適さ、心地良さ)が重要だと述べていました。つまり、起業家のような人は非常に流動性が高くあまり一箇所には留まらないので、彼らを集めるためには魅力的、かつ洗練された飲食店やバーが必要になる、ということです。

今後も新たなスタートアップ集積地が生まれていく

入山先生:今後、日本で新たにスタートアップ集積地となり得る地域としては秋葉原が挙げられると思います。

秋葉原は地価が安く、DMMが運営しているコワーキングスペース(法人登記可能)もあります。そこにオフィスを構えるスタートアップが増えてきているので、今後は秋葉原を中心とした集積が進展する可能性があるでしょう。

今でこそスタートアップ集積地となってきている五反田も、もともとは渋谷の再開発が進んで地価が上がってきたことが、スタートアップが集まるきっかけでした。スタートアップの人の中にはまだ手元にお金がなく、高級料理店に通ったり相撲観戦をすることがなかなか現実的でない方も少なからずいます。渋谷には確立されたトレンドがあり、魅力的な人も大勢いて、日本で一番スタートアップが集まっている。しかし渋谷だと地価が高く手が出せない、というスタートアップからすると、五反田なら地価が安く、渋谷からも地理的に近いので好条件が揃っているわけです。

加納先生:こうした現象は、学術的にはジェントリフィケーションといいます。

もともと地価が安かった土地が再開発や文化的活動などで活性化すると、そのエリアには治安向上などのメリットがもたらされます。ただ、地価の高騰を招くといったデメリットが発生することもあり、起業家や芸術家など、クリエイティブな職種の人にとっては苦しい環境になってしまう。そのため、金銭的な余裕のないスタートアップは、比較的地価の安い地域に活動拠点を置くことが多くなります。すると、今度はその地区の再開発が進んで地価が上昇し、富裕層しか住めないような場所になるので、また新たに地価が安い場所へと注目が集まるわけです。新たなスタートアップ集積地を見定める際は、こうしたジェントリフィケーションの循環の過程が目の付け所といえます。

入山先生:渋谷や五反田、秋葉原以外だと、大学周辺も注目のスタートアップ集積地になりそうです。

特に東大がある本郷周辺も本郷には東大エッジキャピタルパートナーズ、ディープコア(ソフトバンク系)といった巨大VCが近くにあり、東大のディープテック起業家たちへの投資を積極的に行っている背景からスタートアップが増加しています。現状、大学系VCでは東大が先頭を走っていますから、本郷バレーには大きな期待を寄せています。

取材・執筆:World Academic Journal  編集部