昭和女子大学 八代尚宏 教授
働き方改革が企業評価を高める!抜本的な改革が難しい理由と対策

「働き方改革」によって、少しずつではありますが、労働環境は徐々に変化の兆しを見せています。

しかし、政府主導の「働き方改革」は未だ十分ではありません。女性の登用や男女間の賃金格差是正など、企業自ら取り組むことで投資家や株主からの評価が向上し、会社全体のパフォーマンスも上がっていくでしょう。

そこで今回は、政府の「働き方改革」がどこまで進んでいるのか、企業ごとにできる改革について、昭和女子大学の八代教授にお話を伺いました。

インタビューにご協力頂いた方

昭和女子大学 グローバルビジネス学部 特命教授
八代尚宏(やしろ なおひろ)

日本経済研究センター理事長、国際基督教大学教授等を経て現職。専門は日本経済論、労働経済学、社会保障論。
主な著書は『少子高齢化の経済学』、『日本的雇用慣行の経済学(石橋湛山賞)』、『新自由主義の復権』、『シルバー民主主義』他。

「働き方改革」で長時間残業や配偶者手当問題は改善に向かっている

「働き方改革」について、政府は「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」や「育児や介護との両立など働くニーズの多様化」への対応を掲げています。

これらは現行制度を前提に、変化する経済社会に対応することを目的とした政策です。「働き方改革」はもともと過労死等の問題をきっかけに始まったもので、長時間労働是正のために労働基準法を改正し、残業時間の上限を設けました。

残業時間の上限規制そのものは「働き方改革」以前から存在したのですが、当時は組合と合意すれば制限を取り払えるような緩い内容でした。労働組合には残業手当を歓迎する傾向が強いので、実際のところ「働き方改革」以前の上限規制にはほとんど意味がなかったのです。

そこで「働き方改革」に伴い、組合の合意があっても変えられない絶対的な上限を残業時間に対して設けました。その結果、2021年の労働力調査では、長時間残業をしている人の割合が8年前に比べて4割減少しています。週40時間を基準として週60時間以上、つまり1日4時間以上残業している人を対象とした調査なので、平均的な残業時間とは違います。サービス残業はまた別問題ですが、全体的な残業時間が減っていることは「働き方改革」の成果によるものといえるでしょう。

「働き方改革」によるもうひとつの変化は、女性が働く際に大きな制約となっている配偶者手当についてです。

配偶者手当は平均1万円ほどで、大企業は月5万円ほどに設定されていることもあります。問題は配偶者手当が税制上の配偶者控除とリンクしていることで、奥さんが控除を受けられないほど稼いでしまうと手当がもらえず、夫の給料が減ってしまうのです。そのため、奥さんがパートなどで働く時には手当がもらえる範囲に抑えろという圧力が生まれています。

配偶者手当の問題に関しては、本来なら政府が配偶者控除をやめるべきですが、現状では議論があまり進んでいないのですが、企業の努力による変化が見られ始めました。例えば、トヨタ自動車では企業として配偶者手当を廃止する代わりに、子ども手当を増額しています。月1万9,500円あった配偶者手当をなくし、子ども1人あたり5,000円だった手当を2万円としたのです。結果として、養っている子どもが1人以上いる家庭であれば、以前と同じかそれ以上の手当がもらえるようになりました。

ただし、子どもが成長して独立している高年齢世帯の場合は収入が減ってしまうという問題点もあります。配偶者手当の問題は男女間の対立のようにいわれることもありますが、正しくは専業主婦の有無という世代間の対立という構図です。子どもが働くとすればアルバイトなので、いくら手当をつけても就業抑制にはつながりません。対して奥さんは働くとかえって損をするという、「働くと損をする」仕組みになってしまっています。少子化による人口減少で女性にも働いてもらわなければならない時代だからこそ、世代間の対立をどうやって克服するかが大きな問題なのです。現状では政策による進展は見えていませんが、トヨタ自動車のような一部の先進的企業で改革の兆しが見え始めています。

とはいえ、これらは「働き方改革」の一部でしかありません。

現行制度を下敷きにしていては改革にも限界がありますから、長期雇用や年功賃金など従来の日本的雇用慣行の見直しが不可欠です。日本の雇用慣行は過去の高い経済成長や若年労働層が豊富だった時分には効率的でしたが、情報化時代には集団単位の働き方は今やあまり有効ではなくなってきています。

残業をなくすには政府によるレイオフを認める動きが必要

日本で残業がなくならない最大の要因は、雇用保障の存在です。

余暇よりも残業代が欲しい方がいることも事実ですが、そもそも残業代割増率の下限が法律で定められているのは、企業が労働者を残業させないようにするためです。残業のコストを増やして長時間残業を抑制しようとしているのですが、これはアメリカの企業では有効な方法といえます。

アメリカでは企業が労働者の数を自由に調整できるため、不況になればレイオフ(一時解雇)をして人件費のカットができます。なので、アメリカの企業では残業をさせませんし、仕事が増えて人手が足りなくなれば追加で労働者を雇えます。

しかし、日本では雇用保障があるため一度雇えば簡単には解雇できません。そこで、いざ不況になった時も対応できるように雇う人数を少なくして、常に残業させているのです。

つまり、不況になった時アメリカは労働者の数をカットしますが、日本では労働時間をカットします。日本の制度は、企業にとっても労働者にとっても、残業がなくなっては困る仕組みとなっているのです。

慢性的な残業をなくすには、不況期のレイオフを認める必要があります。

例えば、コロナ禍が始まった時、日本のあるタクシー会社がアメリカのように一時解雇をしようとしたのです。お客さんが増える見込みがないので、運転手の何割かを組合の同意を得た上で一時解雇し、コロナが収束したら必ず雇うと約束する、といった内容でした。しかし厚労省は、いずれ呼び戻すのであれば失業者ではないとして、失業手当の支払いを認めなかったのです。その結果、よりコストのかさむ休業補償で対応しなければいけなくなりました。

労働時間の長さという観点では、有給休暇の取得率も日本は海外に比べて非常に低いです。

有給休暇の取得率は最近ようやく5割ほどになったものの、有給休暇が20日間あっても使いきることはまれでしょう。しかし、私が以前勤務していたパリの国際機関では、8月いっぱいバカンスに行っている職員がほとんどです。9月にバカンスから帰ってきたら、互いに情報交換をして来年の8月分の予約までしているのです。

日本では、1年先の休暇の予約などとてもできません。なのに、なぜフランスでは可能かといえば、自分の仕事に合わせて自由に休暇を取得できるためです。自分の仕事範囲が明確で、個人単位での働き方ができるようになれば、有給休暇の消化も進んでいくでしょう。

テレワーク定着のためには本格的な裁量労働制の導入が欠かせない

テレワークにしても、外国ではコロナショック以前から当たり前に行われていました。

もちろん、コロナショックをきっかけに国内外で普及率は高くなったと思いますが、日本はそれまでずっと満員電車に揺られてオフィスに行き、オフィスでパソコンを使って仕事をしていたのです。これでは、自宅でパソコンを使って働くのと何も変わりません。

ホワイトカラーの働き方効率化に欠かせないテレワークが、コロナショックによって日本でも普及したのは、いわゆる怪我の功名なのです。今後さらにテレワークの導入が進めば通勤時間の短縮や疲労の軽減につながり、仕事の効率化が進みます。子育てや介護と仕事との両立もしやすくなるでしょう。

 揺り戻しはあるものの、コロナショック以降のテレワークの比率は確実に上がっています。コロナ禍が始まってから、テレワークの導入率は一時50〜60%ほどまで上がり、現在は27%ほどが平均となっています。

ただし、テレワークを定着させるためには労働基準法を変える必要があります。

なぜなら、本格的な裁量労働制の導入や個人の仕事範囲の明確化など、働き方そのものを大きく変えなければテレワーク定着は難しいためです。

裁量労働制の拡大というのは、言わばホワイトカラーの働き方に合わせた法整備です。

今の日本の労働法は、昔の工場労働者の働き方を前提に作られています。つまり、ベルが鳴ったら一斉に働き始めて、ベルが鳴ったら一斉にやめる集団的な働き方なのです。こうした働き方は、労働者が1時間多く働けば1時間分の製品は追加で確実に生産できるので、働いた時間に比例して残業手当を出すことは理に適っています。

しかし、ホワイトカラーの仕事は、1時間余分に机の前に座っていてもアウトプットが増えるとは限りません。ホワイトカラーは、本来、裁量的な働き方なので、労働時間と報酬を厳格に結びつけることには無理があるのです。ホワイトカラーで労働時間に対して報酬を出すと、効率的に働いて短時間で仕事を終える人より、だらだら働いて残業する人の方が賃金が増えるという、不公平な仕組みになってしまいます。

集団的な働き方を変えなければ本格的な裁量労働制は難しい

だからこそ、給料が実働時間に左右されない裁量労働制を本格的に取り入れなければならないのです。

私たちのような大学教員や、テレビのディレクター、新聞記者なども、裁量労働制の対象となっていますが、本来は、1日に何時間働いても給料は変わらないのに、休日と深夜勤務は残業代を受け取るよう義務付けられていて、本来ならおかしな仕組みです。

例えば、テレビのディレクターが昼頃に出勤して深夜まで働けば残業代が出ます。他方、銀行でも外国と取引する業務の場合、時差があって働くのは深夜になるので、朝から出勤する必要はありません。にも関わらず定時に出勤し、深夜勤務分の割増賃金が発生していて、不要な疲労も溜めているわけです。こういった働き方の人たちは定時に囚われず、夕方あたりから自由に出勤して働くことが本来は望ましいのです。

しかし、現実には労働組合の猛反対に遭い、本格的な裁量労働制の導入はなかなか進んでいません。

確かに、日本の労働者、特にホワイトカラーは仕事の範囲が明確になっていないので、残業代がなければ有能な人にどんどん仕事が回されてキリがなくなる、という労働組合の言うことにも一理あります。この問題を解決するために重要なのは、裁量労働制と同時に個人の仕事範囲の明確化を行うことです。

私がOECD(経済協力開発機構)という国際機関で3年間働いていた時に驚いたのは、個人の仕事が明確に決まっていたことです。他の人の仕事には手を出さず、自分の仕事さえこなせばいいので、何時間働くかは完全に自由でした。今日は用事があるから早く帰ろう、その分明日は多めに働こう、といった労働時間の調整を個人の裁量でできるのです。そのため、OECDでは残業という概念自体がありませんでした。

なぜ日本でOECDのような裁量労働制ができないかといえば、やはり個人の仕事範囲が明確でないことが原因です。仕事が終わったからと昼間いなくなれば同僚に迷惑をかけてしまうかもしれないし、仕事が遅い人に合わせていればどうしても残業時間は延びてしまいます。集団的な働き方をしていると、こうした問題点はなかなか解消できないのです。

日本は集団的な働き方を見直すべき時期に来ている

日本で選択的週休3日制がなかなか取り入れられないのも、集団的な働き方の弊害といえるでしょう。

選択的週休3日制についてのお話をすると、「週休2日で十分なのに、なぜ3日も必要なのか」といわれることがありますが、はっきり言って週休2日と選択的週休3日制は根本から違います。「選択」とついているように、土日以外にこの曜日は休む、と個人が決めるのです。月曜日でも木曜日でも金曜日でも、あるいは休まなくても構いませんが、週休2日のように週末一斉に休むのではなく、バラバラに休みを取るわけです。もちろん、労働時間はこれまでと変えないので、週3日休日を取る人は他の4日間に長く働いて調整します。

選択的週休3日制なら、共働き世帯で夫と妻が別の日に休日を取り、子育ての時間にあてることができますし、介護でも同様のことがいえるでしょう。それに、4日間集中的に働けば生産性の向上も期待できますから、導入によるメリットは多いと考えられます。

ですが、選択的週休3日制は職場の全員が揃っていなくても仕事ができる体制でなければ成立しません。

日本企業では、今まで常に休んでいる人がいるのは土日だけでした。逆にいえば、平日であればいつも全員が揃っていて、簡単に情報共有できる状態が続いてきたのです。そのため、選択的週休3日制を実現するには、上司が休んでいても問題なく仕事が進むような体制が求められます。上司がいないからハンコが取れません、などということは許されません。こうした体制を実現するには、やはり個人の仕事範囲を明確化した上で、徹底した情報共有を行うことが不可欠なのです。

日本人はよく働き過ぎといわれますが、これは文化の違いだけではありません。

長期雇用保障と集団的働き方による企業内訓練重視という仕組みによって、必然的に出てきている問題です。日本の企業のように、大学や高校を出たばかりの未熟練者を喜んで採用することは世界的に見てもまれなことです。外国では、基本的に何らかのスキルがなければ雇ってすらもらえませんから、若年失業者が溢れています。OECDなどでは新人訓練は一切せず、最初から個々の職務の仕事ができる人を中途採用します。

日本で未熟練者が雇ってもらえるのは新卒一括採用の関係ですが、その人が熟練労働者となっていく過程には先輩や上司がつきっきりで仕事を教えてくれるOJT(職場での実践を通じて業務知識を身につける育成手法)があります。OJTは集団で働くことを通じて未熟練者を訓練するものですから、日本の集団的な働き方の良い面ともいえます。しかし、仕事を教えるには同じ場所に、同じ時間一緒にいなければなりません。場所や時間を縛られるので非常に効率が悪いだけでなく、テレワークを進めづらいというデメリットもあるのです。

簡潔にいえば、日本の働き方は高度経済成長期には合っていました。

成長率が高い間は企業の仕事もどんどん増えるので、欧米のように、これしかやりません、とはいかず何でもオールマイティにこなせる労働者が必要でした。しかし、日本はもう低成長の時代に入っていますから、従来の働き方を変えなければならないでしょう。

企業が「働き方改革」に取り組むならまずは人事評価から

日本の企業が「働き方改革」に向けて取り組めることとしては、人事評価の仕組み作りが挙げられます。

日本の企業では、高度な技術者でも無理やり課長にして辞められてしまうようなケースが見られます。技術者の中には、研究はしたいが部下の管理まではしたくない、と考えている人も少なくないのです。

これは仕事範囲の明確化にもつながる話ですが、日本では管理職など誰でもできるという意識が強く、40歳くらいになると本人の意向問わず管理職になるような流れになっています。ですが、本来は年齢だけで決められるほど管理職は簡単な仕事ではありません。

私は20年間官庁に勤めていましたが、仕事ができない管理職の下だと、部下は無駄な仕事をさせられます。少なくとも課長以上のポジションには本当に能力のある人を置かないと、周りが困るだけでなく会社全体の効率性も間違いなく落ちてしまいます。

OECDなどは管理職の重要性をわかっていますから、ポジションを決める時には希望者に手を挙げさせます。

希望者は少ないので人事パネルを作って審査しますが、日本だと全員が手を挙げるので意味がありません。ここで大切なのは、OECDでは管理職が大変な仕事だと皆がわかっている、ということです。

OECDでは人事評価に非常に多くの時間を割いています。日本だと、人事評価といっても上司による一方的な評価で、主観が入る上に好き嫌いで決まる可能性もあります。その評価を人事部に送られれば、部下は反論すらできません。

しかし、OECDでは上司が部下のパフォーマンスについてA・B・C・Dといった段階評価と、文章での評価を行います。そして、それを部下が見て確認したとサインするのです。異議があればその旨を書き込むと、上司の上司がサポートしてくれる場合もあるという体制になっています。

OECDの人事評価の仕組みは非常に公平ですが、課長以上の管理職の仕事は非常に大変なものになります。どこかの会社で同じことを説明したら、「課長がノイローゼになってしまう」と人事部に言われました。ですが、これくらいでノイローゼになるなら課長なんてやってはいけません。部下がきちんと働けるための人事評価こそ、管理職が全うすべき最大の仕事なのです。

それに、管理職は自分のどの部下よりも仕事ができる人でなければいけません。

日本なら部下が病気で休んだり、退職者が出てもほかの部下に仕事を頼むことができます。しかし、OECDでは個人の仕事範囲が明確化されているので、課長自身がカバーするしかありません。

OECDのような場所だと、部下は定時に帰って課長だけ残って残業する、なんてことは珍しくありません。なので、そこまでして管理職になりたくない人もいますし、それでもやりたいというワークホリックな人もいます。そんなワークホリックで能力のある人を管理職にすべきなのです。

日本でも、課長などの管理職になるかならないかの希望を自分で決められるような権利を与えると、専門職としての処遇ができるようになります。ホワイトカラーの働き方には欧米から学べることが多いので、仕事の効率化の面から見ても欧米の制度を徐々に導入していくことは非常に重要だと思います。

企業の「働き方改革」への取り組みが社会評価につながる

人事評価制度の見直しや、専門職としての管理職の設置、仕事範囲の明確化などは、企業ごとに実践できる部分です。

さらに、女性管理職比率や男女間の賃金格差是正なども、今後は企業のパフォーマンスに関わる可能性が高くなっています。投資家や株主は、配偶者手当の有無や選択的週休3日制など、「働き方改革」に対して積極的な取り組みを見せているかどうかについても、企業の生産性や成長性を測るための重要な指標として捉えていくでしょう。

先進的な働き方を実践する企業が増えれば、政府による制度改革の進展も期待できます。企業の動きが日本を変えていくので、ぜひ積極的に「働き方改革」に取り組んで行くことを期待します。

取材・執筆:World Academic Journal  編集部