慶應義塾大学 島津明人 教授
組織のパフォーマンス低下に悩んでいるならワーク・エンゲイジメントの向上を意識すべき

従業員のパフォーマンスを向上させ、仕事の成果を最大化することは、経営者にとって常に向き合わなければならない課題といえるでしょう。

とはいえ、0から従業員一人ひとりのモチベーションを上げ、問題点を改善するのは至難の業です。

そこで今回は日本におけるワーク・エンゲイジメントの第一人者、慶應義塾大学の島津教授に一人ひとりが主体的に動ける職場を作り、組織のパフォーマンスを上げるにはどうしたらいいか、お話を伺いました。

インタビューにご協力頂いた方

慶應義塾大学 総合政策学部 教授
島津 明人(しまず あきひと)

2000年早稲田大学大学院文学研究科心理学専攻博士後期課程修了、博士(文学)。公認心理師、臨床心理士。早稲田大学文学部心理学教室・助手、広島大学大学院教育学研究科心理学講座・専任講師、同助教授、オランダ ユトレヒト大学社会科学部社会・組織心理学科客員研究員、東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野・准教授、北里大学一般教育部人間科学教育センター・教授を経て2019年4月より現職。専門は産業保健心理学、行動科学。

主な著書に「新版ワーク・エンゲイジメント:ポジティブ・メンタルヘルスで活力ある毎日を」(労働調査会 2022年)、「Q&Aで学ぶワーク・エンゲイジメント:できる職場のつくりかた」(金剛出版 2018)、「産業保健心理学」(ナカニシヤ出版 2017年)など。

主な学会活動として、日本行動医学会(顧問)、日本産業ストレス学会(常任理事、編集幹事)、日本産業精神保健学会(副理事長、編集委員)、国際労働衛生学会(仕事と心理社会的要因に関する科学委員会:委員長)など。

【関連サイト】
島津明人研究室
島津教授が大会長の国際学会のホームページ

ワーク・エンゲイジメントで最も大切なのは主体的に働けているかどうか

まず初めに、ワーク・エンゲイジメントとは何か確認しておきましょう。

ワーク・エンゲイジメントとは、以下の3つの要素の複合的な集まりを指しています。

  • 「仕事から活力を得ていきいきとしている」(活力)
  • 「仕事に誇りとやりがいを感じている」 (熱意)
  • 「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)

そして、これら3つの要素の中で特に大切なのが1つ目の「活力」です。

「活力」とはすなわち、自分の仕事に熱意を持って主体的に関われているかどうか。少子高齢化によって働き手の数そのものが減少している日本社会においては、一人ひとりの仕事の質が成果を左右します。そのため、健康に活き活きと働ける環境を整える環境を整えることが大きな意味を持っているのです。

加えて、IT革命によって過去に例を見ない規模での産業構造の変化が起きたので、今後はますます人的資本の価値が高まっていくでしょう。IT技術の発展により、決められた作業だけを淡々と繰り返すのではなく、常に新たな視点や考え方を模索する、創造的な仕事の比重が大きくなることは明らかです。

また、近年では働き方や価値観も多様化してきています。

裁量労働制やフレックス勤務、在宅勤務といった様々な働き方が登場しているほか、年齢やジェンダー、障碍の有無、勤務地、勤務時間など様々な面で「緩境界化」が進んでいるのです。そうなると、やはり従来の定型的な働き方にこだわっていては変化に対応しきれません。高品質の製品やサービスを提供するには、一人ひとりが主体的に働けていることが不可欠です。そこで必要なのが、ワーク・エンゲイジメントのように活き活きと働ける環境に身を置き、クリエイティブな姿勢を持てていることなのです。

現在のワーク・エンゲイジメントがどれくらいかを知りたい場合は、「ユトレヒト・ワーク・エンゲイジメント尺度(Utrecht Work Engagement  Scale:UWES)」があります。

UWESはワーク・エンゲイジメントの度合いをはかる測定尺度であり、信頼性と妥当性が確認されています。UWESで測定を行えば、ワーク・エンゲイジメントを高める要因(仕事の資源)についても可視化できるので、ぜひ一度やってみてください。例えば上司や同僚からの支援、仕事の裁量権なども質問票で測定するので、職場ごとに得点化していくことで、現在の職場にどれだけ資源が眠っているかが一目瞭然でわかるようになります。そして、ワーク・エンゲイジメントが可視化されれば改善に向けて対策が打てるというわけです。

ただし、こうした取り組みはいわば万が一の事態に備えるための、働く人のセーフティーネットに過ぎません。私はもともと職場のメンタルヘルスや産業保健を担当していたのですが、健康を下から支えることは安心安全な労働環境のためには効果的なものの、それだけではワーク・エンゲイジメントは実現できません。やはり、下から支えるだけでなく、上へと引っ張っていくことを意識しないと、一人ひとりが持っている強みを伸ばして最大限の力を発揮させることはできないのです。

働き方の活性化は一人ひとりが高めるべき要素を把握する必要がある

そのために重要になるのが、働き方の活性化度合いを上げることです。

働き方の活性化度合いを引き上げる際には、様々なステークホルダーが関係していることを最初に理解しておきましょう。ステークホルダーとはすなわち関係者のことで、経営者や人事、総務などの管理職、さらに従業員一人ひとりももちろん当てはまります。私たちが持っている背景知識や考え方は当然ながらみんなバラバラなので、例えば経営トップが経営的な視点で物事を見ている時でも、異なるポジションに立っている人は自分なりの視点で物事を捉え、考えています。そういった、様々な立場の方が最大公約数的に物事の枠組みや構造を捉えていくと、それぞれの枠組みを組み合わせて新たな視点を生み出すことができるのです。

考え方としては、組織のあり方とワーク・エンゲイジメントとを関連付けた理論モデル「仕事の要求度-資源モデル」が参考になるでしょう。

この理論モデルでは、仕事の資源がワーク・エンゲイジメントを高める要素であると考えます。そして、仕事の資源には下にまとめた3つの階層があり、それぞれの資源を高めることができるステークホルダーも異なります。

  • 1階層:組織風土などベース部分の心理的安全性に関わる企業・組織全体の強み
  • 2階層:部門や部署ごとの強み
  • 3階層:一人ひとりの従業員が工夫することで伸ばせる作業・課題の強み

重要なのは、2階層に下りてくると従業員一人ひとりの力ではどうにもならないことがある点です。2階層は部門や部署ごとで捉えるので、部門長や管理職が主体となって働きかけていかなければいけません。1階層も同様に、組織のベースとなれば経営層が自ら組織・企業全体を見て動く必要があります。大切なのはそれぞれの階層で、どこに着目してワーク・エンゲイジメントの向上を行うかを考えて実践することです。

その上で、組織全体のワーク・エンゲイジメントを効率的に向上させるには、チームビルディングが効果的です。

ワーク・エンゲイジメントが高い職場とは、従業員が孤立せず互いにコミュニケーションを取り、業務の中でも自然と笑いが出るような環境だといわれています。加えて、一部の人のワーク・エンゲイジメントを高めることだけに力を入れるとそれ以外の人のワーク・エンゲイジメントが低下してしまうので、お互いを尊重して支え合える、サポートし合える関係性の構築も求められます。

一部の人だけがチームを支えているような状況や、逆に一方的に支えられてばかりの状況が続くと、関係性としては不健全です。自分ばかりチームを助けていたら怒りや不満が溜まってしまいますし、周りから助けてもらってばかりでもチームの役に立っていない、と自分を否定するようになり、どちらの立場でも大きなストレスを抱えてしまうからです。そのため、ワーク・エンゲイジメントを高める際には全体のバランスを取ることが大切になります。

一例として、国連が作っている「災害・紛争等緊急時における精神保健・心理社会的に関するIASCライドライン」には、被災地域の住民を一方的に被災者と扱うような支援は推奨しない、と記載があります。被災した地域の方々が多大なダメージを受けているのは確かですが、復興を成し遂げるために真に必要なのは当事者が自身のポテンシャルを引き出し、自分たちのコミュニティを立て直そうと主体的に動くことなのです。

組織のパフォーマンスを上げるには感情の伝播を効果的に使う

このことは、職場でも同じことがいえます。

仕事であっても得意なこと、苦手なことは人それぞれが違っていて、全てを万能にこなすことは簡単ではありません。しかし、たとえ全てを完璧にできなくても、何らかの形でチームの役に立っていると実感できれば、チーム全体のパフォーマンスは確実に向上していきます。貢献できている、役に立っているという気持ちが満たされると、自分から主体的に行動して物事を動かしていきたいというモチベーションが高まるのです。これは内発的動機付けといって、ポジティブな感情を持っていれば周囲の人とも積極的に関わるようになるので、孤立や孤独への対策にもなります。

ただし、感情の伝播はポジティブなものだけでなく、ネガティブなものでも起こることには注意してください。

これは情動伝播と呼ばれるもので、皆さんも一度は経験があるかもしれません。常にポジティブに働いている同僚が近くにいると、自分も前向きに頑張ってみよう、と思わされることがあるでしょう。反対に、いつもネガティブなことばかり言っている人が近くにいると、自分もイライラしてしまうことはないでしょうか。これは人間関係に置き換えるともっとわかりやすく、ネガティブなことを話して相手を嫌な気持ちにさせると、その人がまた別の人へとネガティブな感情を広げていってしまうのです。

そのため、まずはネガティブな気持ちも伝言ゲームのように伝わっていってしまうことを理解した上で、ポジティブな気持ちを伝播させようという意識が大切です。

もちろん、上司と部下の間でも情動伝播は起こります。

そう考えると、管理職には仕事の能力はもちろん必要ですが、チームの上に立ってまとめていくためには対人能力も欠かせません。上司は部下にとってのロールモデルになるので、管理職自身が活き活きとポジティブに仕事をしていれば、部下も言動を真似してチーム全体がポジティブに動けるようになる効果も期待できます。さらに情動伝播が組織全体にまで伝われば、管理職のパフォーマンスによって組織全体のパフォーマンスが向上する可能性も大いに考えられるでしょう。

仕事の内外でワーク・エンゲイジメントを高める工夫が求められる

ここ10年ほどを見てみると、日本の職場における家族的な雰囲気はどんどん減少してきているように感じます。

要因としては、日本社会全体で一人ひとりの距離が離れていることが挙げられます。現代の日本では、プライバシーや個人情報を守るためにあえて横のつながりを希薄にしている節があります。昔はむしろ、人間関係にがんじがらめになることが多く、それが嫌で都会に出ていくといった風潮もありました。しかしその流れによって一人ひとりが孤立しやすくなり、何か困りごとが起こった時に頼れる相手がいないという、つながりの弱い社会になってしまっています。それこそ昔は部下や同僚に連絡を取りたいと思うと、家に電話をかけるしかありませんでした。家に電話をして家族が出たら、「ご家族の一郎さんを呼んでください」くらいの短い会話でも接点はできていたわけです。それも今では誰もが携帯電話、スマホを持っているので、関係性は希薄にならざるを得ません。

ただ、若手社員たちの間では昔ながらの社員旅行や運動会を復活させたい、という動きも出てきています。つながりが弱い社会の問題点が浮かび上がってきた今だからこそ、若手社員にも家族的なつながりを求める人が増えてきたのではないでしょうか。最近では「弱い紐帯(ちゅうたい)」といって、緩いつながりの維持の重要性が注目されていますから、コミュニケーションの意味でも社員旅行や運動会の復活を検討する価値はあるかもしれません。

最初にも述べた通り、ワーク・エンゲイジメントを高めるために最も重要なのは、活き活きと働けているかどうかです。

ただし、ワーク・エンゲイジメントの向上は働き方や職場環境だけで決まるのではないことは知っておかなければいけません。経営者も総務も、従業員もひとりの人間ですから、プライベートでパートナーや子ども、親とトラブルを抱えていたり、慢性的なストレスが溜まればパフォーマンスも低下します。特に、在宅勤務が増えた昨今では家庭内で起きた問題が仕事に直結するケースもあります。こうした時代の変化も踏まえて、仕事の外の環境をいかに整えるのかもワーク・エンゲイジメントの向上のために欠かせないポイントとなっているのです。

もちろん、組織として従業員一人ひとりが抱える問題を全てケアすることは、プライベートへの干渉という問題もあって難しいでしょう。しかし例えば、中小企業なら家族同士の距離が近い関係を構築したり、ファミリーデーなどのイベントを実施すると、相手の環境まで考慮した対応がしやすくなります。同僚から子どもの熱で休むと連絡があった時でも、「あそこのご家庭は幼いお子さんがいるから、熱を出したら大変だろう」と、子どもの顔も思い浮かべながら気遣えるわけです。見ず知らずのお子さんが熱を出しました、と言われた時に比べて、受ける印象や認識の仕方も大きく変わってきます。

このように、一度、組織の内側と外側の両面からワーク・エンゲイジメントを高める方法を模索してみてください。

取材・執筆:World Academic Journal  編集部