明星大学 中田勇人 教授
原油高が経済活動・為替・株式に及ぼす影響

原油価格は昨今急激な上昇を続けており、その動向はいま世界各国で注目を集めています。

原油価格がここまで急激な高騰を見せる原因とは?そして原油高が経済活動・為替・株式にどんな影響を及ぼすのか?

そんな疑問について今回、国際金融論をご専門とされる明星大学経済学部の中田勇人教授にご見解をお伺いしました。

インタビューにご協力頂いた方

明星大学 経済学部 教授
中田 勇人(なかた はやと)

明星大学経済学部専任講師、准教授を経て、2020年より同大学経済学部教授。
この間、早稲田大学政治経済学部非常勤講師、トロント大学訪問研究員を歴任。
国際金融に関する実証分析が専門で、特に近年では石油価格の変動がマクロ経済や株式市場に与える影響を研究しています。
著書に『国際金融論15講』(共著、新世社)があります。

急激な原油高の原因

原油高によってガソリンなどの価格も上昇していますが、私はこの主な原因は二つあると見ています。まず一つ目は、コロナ禍後に上昇した原油需要に対して、産油国が本格的な増産を行わなかったことです。コロナ禍が始まった当時、経済活動が大きく縮小しましたから、これに比例して原油価格も大きく下がりました。2020年4月にはニューヨーク市場で原油の先物価格はマイナスにまでなり、これをきっかけにOPEC(※)を始めとした産油国はこぞって石油を減産し、需給バランスを維持しようとしたんです。

※OPEC:石油輸出国機構。国際石油資本などから石油産出国の利益を守ることを目的に設立された組織。原油の生産量を調節することで、原油の需給バランスの維持を行う。

その後、コロナ禍で停滞した世界経済も2021年には回復し、原油の需要も回復を始めました。ところが、増産による原油価格の下落を懸念した各産油国は増産量を大きく抑えたため、これが原油価格を急上昇させた要因の一つと考えられます。

昨今の原油価格急騰のもう一つの要因は、ロシアによるウクライナへの侵攻です。これによって、欧米ではロシア産の原油を輸入禁止にしつつあります。ロシアは世界第3位の原油生産国ですから、欧米がロシアから原油を輸入しなくなったことで必然的に世界の石油供給量は大きく減少し、原油高を加速させました。そして、多くの国々がロシアのウクライナ侵攻により発生した地政学的リスクを懸念し、原油の更なる供給減少によって価格が上昇することを不安視し始めました。その結果、世界各国で石油を余分に確保しようとする動向が目立つようになり、原油の需要をより押し上げた可能性も十分考えられますね。

  • 原油高の原因①:コロナ禍後の需要回復時における産油国の増産抑制
  • 原油高の原因②:世界第三位の産油国であるロシアへの経済制裁による供給現象

原油高が経済活動に及ぼす影響

原油高が起きると物価が上昇して消費活動が減るのではとイメージされる方が多いと思いますが、これは一概に断定することはできません。まず、原油高が起きた場合の影響というのは、国によって異なります。どういうことかというと、基本的に原油価格が上昇すると、原油輸入国から産油国へと代金が支払われるという形で所得が移転することになります。そのため、日本のような原油輸入国では、実質的に所得が減って消費が停滞するのです。

また、原油高が起きた場合の経済活動への影響は、原油高が起きた原因によっても異なります。例えば先述の通り、昨今の原油高の主な要因は産油国が供給量を減少させていることですが、こうしたケースの場合、世界各国にとって輸出機会(外需)が減る可能性が高くなります。というのも、原油高によって原油輸入国から産油国に所得が移転するものの、主な産油国が集中する中東では、多大な所得を獲得しても大幅に消費を増やすような経済ではないからです。結果として、世界全体の需要が減ってしまうというわけですね。とはいえ、このような状況でも需要が拡大させられる分野もあり、例えば高燃費の自動車を始めとした省エネ製品などがそうです。1970~80年代に起きた石油ショックでは燃費の良い日本車が米国市場で売上を伸ばしましたし、昨今の原油高の渦中においても、イーロンマスク氏が設立したテスラ社などが生産するEV車の売れ行きはとても好調のようですしね。

一方、原油高の原因が世界的な原油需要の増大にあるケースでは、世界景気が拡大していることが多いため、どの国にとっても輸出機会(外需)が増えることが期待できます。ただ、原油高の原因が供給減少であれ需要拡大であれ、物価上昇を招いて世界各国の所得を減らし、消費活動にブレーキをかけてしまうことは確かでしょう。なぜなら、原油高は燃料費・輸送費・原材料費などのコストを上昇させるため、物価を押し上げるからです。原油高によってガソリン価格が上がるのはイメージしやすいかと思いますが、他にも例えば、電気代・ガス代の上昇も招いてしまうのです。これは原油高に比例して石炭・天然ガスの価格も上がってしまうからで、結果、皆さんの財布の紐が硬くなってしまうというわけですね。特に日本では、原油高の物価上昇への影響は、寒冷地域が多い都道府県で著しい傾向が見られます。これはやはり、寒冷地域ほど自動車や暖房設備への依存度が高いためでしょうね。

ちなみに余談ですが、昨今の原油高によって米国などではスタグフレーションが起きるのではと不安視する意見が多いようです。スタグフレーションとは、景気後退と物価上昇(インフレ)が同時に起こることですから、基本的な金融政策で対応することができません。どういうことかというと、景気後退時に政府が行う一般的な政策は金融緩和・財政支出の増加・減税などですが、こうした対処はスタグフレーション下ですとインフレをさらに悪化させる可能性があります。かといって、インフレを抑えようとして通常行うような金融引き締めや緊縮的な財政政策を行えば、今度は景気後退を悪化させてしまうと言うわけです。米国としては、このスタグフレーションが起きないことを祈るばかりでしょう。

  • 原油輸入国から産油国へ所得が移転し、原油輸入国では所得が減少し消費停滞する。
  • 原油高の原因が供給減少の場合、世界各国の輸出機会(外需)を減らす。
  • 原油高の原因が需要増大の場合、世界各国の輸出機会(外需)が増える。

原油高が為替・株式に及ぼす影響

原油高が為替・株式に及ぼす影響も経済活動と同じく、国やその発生要因によって結果は様々です。まず、原油高が為替に及ぼす影響は、国によって異なります。具体的に言うと、原油高が起きた場合の各国通貨の対ドル価格の上下は、産油国と原油輸入国とで正反対になる傾向があります。というのも、原油代の支払いは、世界的に米ドルが用いられることが多いためです。すなわち、原油価格が上がれば米ドル価格も上がるわけですから、原油輸入国にしてみれば輸入のための米ドル需要が増え、米ドルよりも自国通貨が安くなります。日本円を例に考えてみると、日本は原油輸入国ですから、原油高が起きると円安ドル高になるということですね。ですから逆に産油国の場合は、原油価格が上がると自国通貨の価値も上がり、原油価格が下がると自国通貨も下がる傾向にあると言えるでしょう。例えば先述の通り世界有数の産油国であるロシアでは、2014年の原油価格の急落時に自国通貨ルーブルの価値が急落したため、ロシア国民は生活に大きな打撃を受けました。また、昨今のロシアは欧米からの経済制裁を受けているわけですが、自国通貨ルーブルの価格は比較的安定しています。これを見ても、原油価格は為替へ非常に強い影響を与えていることが分かりますね。

一方、原油高が株式に及ぼす影響では、原油高が起きた原因によって異なります。まず、原油高の原因がその需要増大によって起きた場合では、原油高に比例して株価も引き上げられる傾向にあります。その理由は先述の通り、原油高がその需要増大によって引き起こされた場合は世界中の景気を拡大させますので、多くの国々の輸出機会(外需)が増えて各企業の売り上げが向上し、結果として株価を上昇へと導くことにつながるのでしょう。事実、私たちの研究によれば、原油高は日本の株式収益率にプラスの影響を与えています。

ですが、原油高の原因が今起きているような産油国の供給減少にある場合ですと、原油高とは反比例して株価は引き下げられるでしょう。これも先述の通り、原油高の原因が供給減少にある場合は、世界的に外需が減少して景気後退を引き起こすためですね。

ちなみに、原油高はその原因が需要増大・供給減少いずれの場合においても物価を上昇させますが、このことは間接的に株価上昇にブレーキをかける要因になります。例えば現在インフレが加速しつつある欧米では、アメリカのFed(※)をはじめとした各国の中央銀行が利上げに踏み切っています。

※Fed:連邦準備制度:米国の中央銀行制度

一般的に利上げは株価を下げる要因になりますが、それに加えて日本の株価の場合、欧米の株価に釣られて上下する傾向が強いため、今回の原油高は日本の株価にマイナス影響となっている可能性は極めて高いと言えるでしょう。

  • 原油高が起きると、産油国の通貨は上がり原油輸入国の通貨は下がる。
  • 原油高の原因が需要増大の場合、株価上昇にプラス要素を与える。
  • 原油高の原因が供給減少の場合、株価の下落につながる可能性がある。

今後の原油価格に関する見解

将来予測的な質問に対しては明確な回答はできかねるのですが、原油のこれまでの価格推移と自身の経験から考察するに、今の原油高はこのまま続いてはいかないと見ています。理由は主に三つです。まず、原油の需要増大が長期的な要因に基づかない場合、原油高は持続しにくいと考えるからです。長期的に見ると原油価格は2000年代に入ってから目立って持続的に上昇しているのですが、この要因は、中国をはじめとした新興国の緩やかな経済成長とともに原油需要が増大してきたことです。ですが、今起きている原油高はコロナ禍後の経済回復による需要増加に起因するものであり、持続的に景気拡大していくタイミングではないと思われます。事実、欧米の景気停滞の影響で直近の原油価格には下落傾向が見られますし、米国ではスタグフレーションが懸念されていることからも、原油の需要はこのまま拡大していくことは考えにくいと言えるでしょう。

次に、原油高がこのまま続かないと考える理由として二つ目は、近年になって代替エネルギーの開発・普及が進んでいる傾向が見て取れるからです。例えば、日本では1970年から80年代にかけて起こった石油ショック後に省エネ技術の導入が進み、原油消費の大幅カットに成功したことは周知の事実です。今起こっている原油高も長引けば、その消費を減らすべく代替エネルギーの研究開発・導入がさらに進んでいくのではないでしょうか。特に、自動車産業におけるEV車の普及は、今後さらに加速していくことでしょう。

最後に、原油高がこのまま続かないと考える理由として三つ目は、原油高が続くとOPEC(※)に加盟する産油国以外の地域にて生産量を増やす試みが図られ、世界的に供給が増加するためです。加えて、これまでの原油価格では採算が取れなかった地域においては、原油高のタイミングになると採算を取れるようになるため新たな油田開発が積極的に行われます。こうした新興地域にて積極的な原油生産が行われるため、OPECが生産量を抑えて原油を高価格で維持し続けることは難しいと言えるでしょう。したがって今後は、世界経済が想定を超えるレベルで成長したり、OPEC・OEPCプラス以外の中東をはじめとした主要産油国にて地政学的リスクが発生しない限りは、原油価格は下落傾向になっていくのではないでしょうか。

  • 原油高が続かない理由①:今の需要増大は長期的な要因に基づいてないため
  • 原油高が続かない理由②:代替エネルギーの更なる導入が見込まれるため
  • 原油高が続かない理由③:新興地域による供給増加が見込まれるため

取材・執筆:World Academic Journal  編集部