明治大学 鈴井正敏 教授
現代人に必要なライフスタイルマネジメント。豊かな人生を送るためのバランスの取り方とは

豊かな人生を送るには、生活習慣がもたらす健康面でのリスクを理解するだけではなく、仕事に追われるばかりではない人生の「生きがい」を創造することも大切です。

今回は、ライフサイエンスや運動免疫学などを専門に研究されている、明治大学の鈴井正敏教授に「ライフスタイルマネジメント」についてお話を伺いました。

ライフスタイルマネジメントは、テクノロジーによって便利な暮らしを得た現代人にとって、今必要な考え方ではないでしょうか。

それでは早速、先生のお話をご覧ください。

インタビューにご協力頂いた方

明治大学 経営学部 教授
鈴井 正敏(すずい まさとし)

明治大学経営学部卒業、筑波大学大学院修士課程体育学研究科修了、トロント大学環境医学研究所、順天堂大学医学部免疫学教室、博士(医学)。

1986年より明治大学経営学部で研究・教育に従事し1998年より現職、ライフスタイル・マネジメント論、現代健康論、健康科学を担当。ライフスタイルと健康、運動と免疫を研究課題としている。

日本体力医学会健康科学アドバイザー、明治大学評議員、経営学部公共経営学科長。

何も考えずに現代社会を生きると、健康を維持できないリスクが高まる

科学技術は私たちの暮らしを便利にしてきました。食事や衛生環境は改善され、仕事や生活の中で肉体を使うことも減りましたよね。しかし、快適さや便利さの裏には、「運動不足」や「過剰な栄養摂取」などのリスクが増えるという負の側面も持ち合わせています。こうしたリスクは様々な病気にかかる危険性を高めます。つまり、何も考えずに現代の文明社会を生きていると、健康を阻害する要因を体や心に溜め続けてしまうことになるのです。

私が専門としているライフスタイルマネジメントとは、現代社会にはこうしたリスクがあることを知った上で、価値観を広げ生きがいを作り、充実した人生を送ることを目的にしています。健康やウェルビーイングにつながる考え方であり、ポジティブ要素の創造とネガティブ要素の除去から成り立っています。

最初に、現代社会にある様々な状況は病気にかかるリスクを高めると申し上げましたが、具体的なものとしては慢性疾患やがんが挙げられます。多くの慢性疾患は本人が気づかないうちに病状が進みます。また、死因の上位を占める心臓病や脳血管疾患の原因は動脈硬化です。この動脈硬化は幼児期からすでに始まっており、10歳くらいから進行は速まっていくといわれます。例えば朝鮮戦争の時に行われた死亡したアメリカ兵(平均年齢22.1歳)の解剖では、約80%に管動脈の変性がみられたという報告があります(Enos et al.、 JAMA、 1953、 Strong、 JAMA、 1986)。

動脈硬化の促進因子には糖尿病や高血圧がありますが、こうした疾病は感染症のように特定の原因があるわけではなく、私たちの生活(運動不足、過剰な栄養、ストレス、睡眠不足、たばこやお酒)にある要因が全てリスクとなっています。

また、がんは日本人の死因として最も多い病気です。リスクファクターとしては食事やたばこが挙げられますが、実は最も大きな要因は老化です。がんは、私たちの日常生活や、その中で摂取された活性酸素、化学物質、放射性物質、ウイルスなどによって、遺伝子が傷つけられることによって発生します。そうした傷は遺伝子上で修復されますが、できなかったものの一部ががんになります。私たちの体内では、誰でも1分間に数個のがん細胞が発生しているのですが、それらは基本的に免疫が機能しているので進行することはありません。しかし加齢によって遺伝子の傷が重なり、さらに免疫機能が落ちることでがんになってしまいます。残念ながら老化によるこうした現象は止めることができないので、高齢化社会である現在の日本では、二人に一人ががんになるといわれています。

筋力は免疫を維持し、有酸素運動は生活習慣病の予防につながる

ただし、ライフスタイルを見直すことで、がんのリスクファクターに対抗できる可能性があります。マウスによる実験では、がん細胞を移植したマウスはやがて痩せて死に至りますが、筋萎縮阻害剤を投与したマウスはがんでも生き続けられたという報告があります(Zhou et al.、 Cell、 2010)。

免疫の中心となる白血球が必要とするエネルギーのグルタミンを作る場所が、他ならぬ筋肉です。もちろん、グルタミンは肝臓でも作られますが、筋肉も主要な産生臓器です。また、骨の中身となる骨髄は白血球などの全ての血液細胞が作られる場所なのですが、筋肉が収縮する際の刺激は骨密度を維持し、骨の健全さを保つ効果があります。したがって、筋肉の維持は免疫系の維持につながります。筋肉は、健康寿命を伸ばし寝たきりにならない生活を送るなど、自立した生活を維持するためにも必要ですが、免疫機能にとっても重要な存在なのです。

免疫を維持するための筋力トレーニングや、循環器を刺激して代謝を促し、生活習慣病を予防するための有酸素運動など、運動習慣を作ることはライフスタイルマネジメントにおいて非常に重要な要素です。しかし、子供に対して大人は、運動したいという欲求が低下する傾向にあります。現代では楽をする方法はいくらでもあるので、意識しなければ運動をすることもないでしょう。大人が運動をするには、その習慣を自ら作っていく必要があります。

ではどのような運動をしたら良いかということですが、心臓や動脈に良い刺激になるのは、5分間ほどの少し息が上がる強度の運動です。また、脂肪の燃焼のことも考えると、なるべく20分くらいの運動が必要と考えられます。

運動時間に関して、例えば10分の運動を2回に分けて行う、のような方法でも良いのではないかとスポーツ医学の観点からいわれたこともありました。しかし運動時間と代謝の関係を詳しく調べると、β酸化が活性化し脂肪の燃焼効率が上がるのは、運動開始から20分くらい経過してからであることが分かっています。そうした点を考えると、10分追加して30分くらいの運動が望ましいですね。運動の内容を決める際は、ご自身の摂取カロリーなども考慮できればなお良いです。

食事や睡眠は1週間程度の期間で計画することも可能

続いて、食事や睡眠について見ていきましょう。少し意外に感じるかもしれませんが、食事や睡眠は1日単位で完璧にバランスを取ろうとしなくても、1週間程度のスパンでバランスをとっても大丈夫です。

多くの人にとって食事は、栄養士が作ったような理想的なメニューを毎日食べることは難しいですよね。それに時には、焼肉やピザなど偏った食事をしたいと思うこともあるでしょう。こういった食生活そのものを否定する必要はなく、1週間〜10日程度のサイクルの中で「昨日は肉をたくさん食べたから、今日は野菜を多めに摂ろう」のように考えることが大事です。

日本人は平均的に食事における糖質やたんぱく質のバランスは良いのですが、最近は若い世代の脂質の摂取割合が高くなってきており、アメリカ人と同水準になっている場合もあります。脂質を多く摂ることは動脈硬化や肥満につながるため、注意しなければいけません。しかしあまり細かく考え過ぎるとそれは別のストレスにつながってしまう可能性がありますから、「良い方向を目指した動的な状態であれば十分」と考えた上で、バランスの良い食事を心がけてみてください。

次に睡眠ですが、日頃の睡眠時間が不十分で「睡眠負債」がたまっている人は、休日にまとめて寝てみても良いでしょう。もちろん、適切な睡眠時間は人によって異なります。比較的短い睡眠時間で大丈夫な人もいますが、反対に長い睡眠時間を必要とする人もいます。特に首都圏に住んでいる人は通勤に多くの時間が取られる場合があり、その埋め合わせとして睡眠時間を削ってしまっているケースも多いでしょう。健康を守るためには、休日にちゃんと寝て睡眠負債をためないことは非常に重要です。

こんな実験があります。睡眠負債がたまっている人に好きなだけ寝てもらいます。最初のうちは12時間ほど寝ますが次第に時間は短くなり、睡眠時間が適正な時間に安定するまで21日くらいかかったそうです。睡眠不足の人は、それだけ大きな負債が自分の中にあると自覚して、寝られる時はちゃんと寝るように心がけましょう。

ただ、「生活のリズムを崩さないように、休日も同じように起きた方が良いのでは」という考え方もあると思います。それは一面では正しく、同じ時間に寝起きした方がリズムは作りやすいと考えられます。しかし、それ以上に睡眠負債をためることにはリスクがあると思います。通勤電車の中で居眠りしたり、また昼寝をすることで睡眠時間を確保しようとする方法はありますが、夜にちゃんと眠る睡眠とは質が違います。

休日に寝坊をすると、怠けてしまったようで自分を責めたくなるかも知れませんが、その必要はありません。睡眠にはサイクルがあり、まとまった時間眠ることで綺麗なサイクルを作ることができます。それによって睡眠の効果も十分に発揮できるようになるので、「土日のまとめ寝」もぜひ行ってみてください。

「OFFの時間」のマネジメントが、ウェルビーイングの実現につながる

ここからは、ライフスタイルマネジメントにおいてもう一つの重要な考え方である、「ポジティブ要素の創造」についてお話ししたいと思います。

ポジティブ要素の創造を考える上で大切なことは、OFFの意識です。ここでいうOFFとは休みのことで、ONは仕事を指します。勤勉で真面目といわれる日本人は、働けといわれると「ON」のスイッチが入りっぱなしになって、ともすれば会社人間になってしまいがちです。この傾向は、高度経済成長期を過ごした年代の高い世代ほど顕著かもしれません。

もちろん、仕事をすることは、人生を充実させ達成感を与えることもあるので、必ずしも悪いわけではありません。しかしライフスタイルマネジメントの観点からは、若い世代にはそうした価値観を押しつけるのではなく、ONの時は大いに働き、OFFの時はよく休んで心身をリフレッシュさせる、というON・OFFを切り替える重要さに目を向けてもらうべきでしょう。仕事に追われていると気づかないうちに身も心も疲れ切ってしまい、それが続くといつか悪い形となって現れてしまいます。

OFFは、ONの時に蓄積したストレスや肉体の疲労を回復するだけではなく、自分のしたいことをする時間です。思い切り遊んだり、好きなものばかり食べても、一日中寝ていても良いでしょう。こうした学生時代には注意されたようなことが、社会人になると必要なのです。OFFの時間が人生を充実させ、働く上での様々なリスクを軽減させる時間になるので、OFFのマネジメントが、ポジティブ要素の創造に重要といえます。

企業が従業員のライフスタイルマネジメントに果たす役割とは

経営者の立場から見ても、ONとOFFを明確にした方が、従業員という資産の価値を最大限に発揮させられるのではないでしょうか。先日、ある大手企業の女性執行役員の方の話を記事で読んだのですが、その人は朝早くに出勤して仕事をし、午後3時には家に帰るそうです。その理由は子供のためで、働くことと育児との価値を比べて、育児に比重を置いているということでした。海外で働いた期間が長かったとのことで、そうした経験も影響しているのでしょう。どちらかというと日本人は、家庭を犠牲にして仕事を優先する傾向がありますが、この女性執行役員の働き方は、仕事の時間を充実させる上でも、また人生設計を考える上でも非常に参考になると思います。

もちろん、会社によっては繁忙期などの従業員に多く働いてほしい時期もあるでしょう。しかしその場合には、忙しい期間の後はまとまった休みを出すなどの対応が重要です。忙しいばかりで休みもなく、休日にも電話やメールをして従業員を休ませないなどは、従業員のライフスタイルマネジメントを考慮しているとはいえませんよね。

先ほどの女性執行役員の例のように、経営者や組織の中で上に立つ人間が自らライフスタイルマネジメントを実践することは、社員にとっても、自分自身の働き方や人生を考える一つのきっかけになるでしょう。しかし、健康状態が悪化し生活習慣病になりそうだとか、仕事のストレスで心が壊れそうだ、などの現代の病気は初期段階では気付きにくく、進行も感じにくい特徴があります。そのリスクに対抗するには、「運動をしないと動脈硬化が進んでしまう」とか「このままでいると心が壊れてしまう」などを理解し気づくために必要な知識をつけることも重要です。

病気を予防するための習慣づくりは、できれば20歳くらいから行う方が効果を得られます。なぜかというと、心筋梗塞や脳卒中のイベントが起きやすいのは50代くらいからですが、その原因となる動脈硬化は20歳の頃にはそれなりに進んでおり、気づかないうちに重症化していくからです。若いうちから、リスクを認識して健康を維持するための価値観を育み、そして知識を身につけバランスの良い食事や習慣的に運動をすることが大切です。

最近ではウェルビーイングを重視して、健康経営に取り組む企業も増えてきました。これはとても良い流れだと思いますが、私はその人の幸せや心身の健康は、その人自身が作るべきものだと考えています。OFFの部分に誰かが関わりすぎると他者支配が生まれ、それがかえってストレスになる恐れがあります。

人生100年時代といわれますが、仕事から退いたら生きがいがなくなる、健康を維持できない、ということになってはいけません。そのためにもライフスタイルマネジメントを意識して取り入れることが肝要です。運動や食生活などのリスクファクターを気にするだけではなく、生きがいとなるような趣味などのポジティブ要因の創造にもぜひ目を向けてみてください。

これからの時代の中で私たちが充実した人生を送れるように、個人個人がライフスタイルマネジメントを意識するとともに、企業も人生設計を考えられるようなOFFの時間を、社会に提供することが必要になってくるのではないでしょうか。

取材・執筆:World Academic Journal  編集部