名古屋市立大学 坂和秀晃 准教授
投資で財務情報を見るならまずは負債比率・株主還元率・ROEの三つでOK

株式投資における投資判断の材料の一つに、財務情報が挙げられます。ただ財務情報と聞くと、特に初心者の方々にとっては難しそうな数字の羅列というイメージをお持ちではないでしょうか。

ですが、投資判断のために財務情報を見るのであれば、まず着目すべきは三項目のみです。そこで今回、初心者目線での財務情報の見方について、「財務会計」をご専門の一つとされる名古屋市立大学の坂和先生にインタビューさせていただきました。

インタビューにご協力頂いた方

名古屋市立大学 大学院経済学研究科 准教授
坂和 秀和(さかわ ひでかず)

東京大学経済学部卒業後、大阪大学大学院、経済学研究科で博士(経済学)を取得。
2009年より名古屋市立大学大学院経済学研究科にて、講師を経て、現職に就任。
2011-2012年にテンプル大学Foxビジネススクール客員研究員、2013-2014年に金融庁金融研究センター特別研究員、2017-2018年にコロンビア大学日本経済経営研究所において、フルブライトプログラム客員研究員等の実績がある。

財務情報を見れば企業のリアルな姿が分かる

そもそも財務情報を見ると何が分かるのかというと「企業の現実の姿」です。株式投資とは企業に投資することですが、企業の成長や衰退といった状況は刻々と変わります。例えば、近年ではコロナ禍によりリモートワーク導入企業が増えたことで、鉄道やバスなどの定期券購入者が激減しました。それにより、比較的安定していると言われていた交通業界において、業績が赤字になる企業が増えたのは想像に難くないと思います。このように、どのような企業であってもその経営状態は日々変化するため、株式投資においては企業のリアルな実態を知っておくことがとても大切です。財務情報から企業業績の現状を敏感に読み取れるようになっておけば、業績の将来予測もしやすくなるでしょう。

ちなみに、ほとんどの日本の上場企業は「業績予想」という情報を、決算短信という形式でホームページなどで公開しています。ここでは、次年度の営業利益・純利益・配当などの予想金額を見ることができます。テレビでよく「A社の来年度の最終純利益は◯兆円になりそうです」などといったニュースが流れますが、こうした情報は各企業が公開した「業績予想」を視聴者に伝えているものです。ほとんどの企業では業績予想を公開していますので、見ておいて損はないでしょう。

とはいえ、投資となると企業の経営状況をより早く掴めた方が良いでしょうから、業績予想の基になっている「財務情報」をチェックできるようになっておいた方が良いですね。

投資で着目すべき財務情報は負債比率・株主還元率・ROE

先述のとおり、財務情報をチェックできるようになると、企業のリアルな状況が分かります。特に、投資判断に役立つ情報としてチェックしておいた方が良いのは「負債比率」「株主還元率」「ROE」の三つです。それぞれ具体的に説明しましょう。

まず、負債比率とは企業の安全性を示す指標で、その企業がどれだけ外部からの資金に頼って事業運営しているのかを表しています。

負債比率=負債/自己資本

負債比率が低い企業は借金が少ないので、比較的経営が安定しているといえるでしょう。ただ負債比率が高い企業でも、状況によっては投資対象として見ても良いかもしれません。というのも、現在は低金利が続いていますので、企業は成長のために事業資金を調達しやすいからです。したがって、負債比率が高い企業だからといって直感的に避けるのではなく、高い原因をしっかり見定めることが重要と言えます。もちろん、そうした企業でも金利が上昇してしまうと倒産確率が一気に上がりますので、負債比率が極端に高い企業は避けましょう。負債比率何%以上が危険という明確な指標はなく、業界や年度によってもまちまちですので、一概には判断できません。現時点における業界全体の様々な企業を比較することで、おおよその水準を見定めることが大切です。

続いて「株主還元率」、すなわち「投資した額に対してどれだけ配当がもらえるか」という情報も、投資判断においては役立ちます。配当とは、ある程度長期的に株式を保有した場合に、企業からもらうことができる金銭的リターンです。投資家にとって、配当は投資の見返りとして受け取れる立派なリターンですから、株主還元率は当然重要な指標と言えますね。それに配当というのは、企業が純利益の一部を投資家に還元することによって発生します。したがって、配当がない、またはもらえても少ない企業は純利益が低い可能性が考えられるため、投資対象として不安要素があると考えて良いでしょう。

ちなみに、たとえ純利益が低い企業でも、成長のために利益を自社事業への投資に回している企業もあります。したがって、純利益が低いことだけで投資を避けるべき企業とは判断できません。つまり、純利益が低く不安要素が大きい企業と、成長のために資金を事業投資へ回したために純利益が低くなっている企業とを見極める必要があります。

そこで、この判断のための指標として、ROE(Return on Equity)というものがあります。ROEとは、社外の株主が出資してくれた資金(株主資本)を基にして得られた純利益を測る財務指標です。

ROE=当期純利益/株主資本

「当期純利益」は損益計算書に記載されていますし、「株主資本(自己資本)」は貸借対照表において資本金から少数株主持分と新株予約権を引くことで求められます。ご覧のとおりROEは簡単に計算できますので、投資初心者にとっても分かりやすい判断指標ではないでしょうか。

以上の観点から、負債比率が低く・株主還元率が高く・ROEが高い企業は、破綻リスクが低く・利益還元が良く・収益性と成長性も高いと判断して良いでしょう。ちなみにこれらの各指標は、「会社四季報」(東洋経済新報社発行)に記載されています。会社四季報には、各企業の簡単なプロフィール、株式に関するその他情報、2期先までの業績予想などがまとめて掲載されています。したがって、特に投資初心者の方にとっては、各企業ごとのホームページを都度開くよりも会社四季報を活用する方が、企業ごとの財務情報を比較しやすいのではないでしょうか。

より厳密な投資判断は業界・成長ステージごとに異なる

確かに、負債比率が低く・株主還元率が高く・ROEが高いかをチェックすることは、財務情報から投資判断を行う最初の基本と言えます。しかし厳密にいうと、これらの判断は企業の業界や成長ステージによって変わります。

例えば、投資を行ってから利益が得られるまでに時間がかかる業界では、企業の負債比率が高くてもROEが高ければ投資先としては問題ありません。具体例を挙げましょう。不動産業では、まず土地の仕入れを行い、建物を建設します。それから建物を売却して初めて利益が発生するわけですから、投資からリターン回収までに時間がかかりますよね。つまり投資のために資金を借り入れてから返済するまでの期間が長いため、他業種に比べて負債比率が高い状態にあることが多いのです。しかし一方で、不動産業界のROEは高めである傾向にあります。実際のところ、不動産業に限らず多額の先行投資が必要な業界では、往々にしてROEが高い企業が見受けられますね。

また、負債比率が低くても投資を見送った方が良い企業も存在します。例えば、信用がないために金融機関から融資を受けられず、自己資金のみで何とかやり繰りしている企業などはそうですね。こうした企業は、ROEがマイナスであったり株主還元率もゼロというケースも多いため、投資は避けた方が良いでしょう。

投資判断で財務情報に着目するときは、負債比率の低さ・株主還元率の高さ・ROEの高さに着目しつつも、最終的にはその企業の産業構造や信用度などについても詳しく調査し、総合的な視点で判断していくことが大切です。

関連リンク

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取材・執筆:World Academic Journal  編集部